コカを作る人々 (先住民族の10年News)

今月の「先住民族の10年News」へ寄稿した、コロンビアでコカと共に生きる人々についての記事です。
「コロンビア紀行」として4回連載させていただいた、最終回でした。
----------------------

<コカを作る人々>

コロンビアの先住民族社会に深く根付くコカ。それは儀式や薬用に使われる大変重要な役割を果たしている。一方で、麻薬の原料としてのコカ栽培に携わる人々がたくさんいる。その人々の日常はあまり知られていないように思う。

1・生活の中のコカ 

コロンビア南部。ナサ民族集落での話。

0018.jpg
コカの葉を噛み、神聖な気持ちで祭りの日を迎えるナサ民族の男性

  
その日、月は見えなかったが、夜空は明るく、隣り合う人の横顔がよく見えた。晴れ渡る空を星が埋め尽くす。あの明るさは星のせいだったのか。電気の届かない集落でのことだった。
  
この土地には、伝統的な医療やまじないを施す司祭がいる。この夜、司祭は、星を見ながら儀式を執り行うための場所を探し山を歩いていた。「ここにしよう」。草むらにむしろや上着を敷いて各々が腰を下ろす。近くを流れる小川の水、時折吹く風、それに揺れる草木、虫のささやき――。暗闇を彩る音たち。こんなに豊かな音に囲まれ毎日を過ごしていたのか。心が落ち着いてきたころ、司祭がコカの葉を一人ひとりに配る。掌いっぱいの炒って乾燥させたその葉を口の中に押し込み、他の薬草、石灰の粉とともに咀嚼する。苦い。口の中で葉が、どろどろになるまで噛み続ける。
  
私の隣に腰を下ろす家族が、最近立て続けに起こる禍<わざわい>ごとを払うために司祭をよんだ。原因不明の腹痛が続く子どものこと、仕事がうまくいかない父親のこと、近隣の人とのわだかまり――。コカの葉を噛みながら、ポツリポツリと依頼者が小声で司祭に語りかける。司祭はそれを頷きながら聞いている。
  
しばらくすると、司祭は夜空を見上げ、強い地酒を口に含む。どこかの方角を確認するよう夜空に目を凝らし、見定め、そこへ向けて口の中のコカとともに酒を噴き出す。そして、座る一人ひとりの前に立ち、それぞれの身体の輪郭を、手に持つ30センチほどの木片と、コカの入った袋で二度なぞる。不思議な温かさが上着越しに伝わってくる。その後は、司祭がしたように一人ひとりが酒で口をすすぎ、夜空へふき散らす。この一連の動作を、延々と7時間余り繰り返した。終わるころ、幼い子ども2人は母親の膝で眠りについていた。口の中はコカのせいで痺れ、鈍い感覚を残していた。だが、幻覚・幻聴・酒に酔ったような感覚などは全くない。
  
一般に、コカの作用は空腹を紛らわせたり、高山病の予防になるなどといわれているが、そういうことなのだろうと思う。これに幾つもの化学薬品を加えながら、何度も精製を重ねたものが「コカイン」となる。「コカ」は原料であって、「コカイン」とは全く別物だということは頭に刻まなければいけない。
  
コロンビアだけではなく、アンデス山脈に暮らしてきた人々にとってコカは、古くより生活に密着した作物だ。コロンビアで見たこの地域では、自宅の敷地にコカを植え、家の中には大きなずた袋一杯の乾燥したコカの葉が置かれている。
 
私は儀式以外でも腹痛を起こしたとき、コカを煎じたお茶を飲んで、すっかり良くなったという経験がある。
  
2・コカ経済
  
アンデスに暮らす人々にとって日常に密接したコカではあるが、その一方で、麻薬の原料としての栽培が広く行われているという事実がある。
  
コロンビアでは、非合法武装組織の資金源となっているだけではなく、農村の貴重な現金収入源となり広く根付いている。

0019.jpg
山岳地帯に広がるコカ畑を歩く青年。ここにはコカ以外に収入を得るすべがない
  
コロンビア南部の山間部に暮らす20歳を迎えたある青年は、山奥の集落で生まれ育ち、ここで高校までを卒業した。その後は、実家の農業を手伝い暮らしている。牛を2頭、庭先にはいくばくかの鶏とアヒルを飼っている。敷地内に何本も生えているオレンジの木には、時期を迎えると取りきれないほどの実がなり、毎日オレンジジュースを飲んで暮らす。グアマ、パイナップル、ミカン、時期によって実る様々な果物。トウモロコシ、ユカイモ、フリホール豆、食卓を賑わす色とりどりの作物を畑から持ってくる青年の父親が、「おれの作ったユカイモは最高だぞ」と、自慢する。ゆでて食べると、ふっくらとし、淡い甘さが口の中に広がる。毎日取り採りたての新鮮な作物が食卓に並ぶ。
  
この家の近くに、広いコカ畑がある。人の背丈より少し高いコカの木が、温かな風に吹かれ、やわらかい音をたて揺れている。その中を、私は青年と歩いていた。
  
彼は「ここには仕事がない」と話す。
  
「高校を卒業してもっと勉強もしたかったけど、お金がない。だから軍隊に入ろうとした。でも、この集落には、ゲリラ(反政府ゲリラFARC)のシンパがたくさんいて、軍隊に入ると政府側に付く裏切り者として見られる。家族に危険が及ぶかもしれない。母親に泣いて叱られちゃって、やっぱりそれはできなかった。コカを作るしかないよ」
  
コロンビアは50年に及ぶ国内紛争の中にある。この青年の暮らす地域は、反政府ゲリラFARC(コロンビア革命軍)の力が強く、ゲリラに協力する住民が多い。ミリシアーノと呼ばれる協力者はここの場合、武装してはいないがゲリラ兵士に食糧を提供したり、物資の運搬、山中に展開する軍とそこに関わる住民の監視など、他の住民と変わらぬ日常を送りながらゲリラに協力する活動をしている。これまでに、ゲリラと距離を置こうと動いた地域のリーダーが、ゲリラに殺害されたこともある。ミリシアーノによる密告があった。
  
別の22歳の農村出身の青年は、高校卒業後、国内第二の都市メデジンの大学に合格した。実家から離れた町で事務職につく姉の援助で、下宿生活を始める。姉は、自分の生活を後回しにし、弟を支援していた。しかし、無理が出始め仕送りがとまると、彼は大学への学費、生活費が賄えず休学し、実家へ帰ってきた。「ここで1年間コカを摘んで、戻れるならまた大学に戻りたい」と話す。

3・収穫
  
国内で生産されるコカの27パーセントが栽培されるナリーニョ県で、山間の集落に滞在中、何度かコカの収穫に出合ったことがある。
  
ナリーニョ県には、沿岸部に広がる10ヘクタール以上の大規模なものから、山間部の家族単位で営む1ヘクタール未満の小規模なものまで存在し、多くの人々がコカ栽培に携わり、生計を立てている。
  
コカは3カ月に一度収穫することができる。葉を虫から守るために薬を数回まく以外、あまり手間がかからない。

0020.jpg
自宅でコカを精製する。世界的な麻薬ネットワークの末端にいる人々の日常


  
ある農家のコカの収穫に立ち会った。彼らは1ヘクタールほどのコカ畑を持っている。

収穫の日、畑の主人は親類や友人を招待し、7ドル程度の日当を支払う。現金収入が極端に限られる山間地において、収入を得る貴重な機会であり、皆が張り切ってその日を迎える。子どもたちも、「オレはこんなに採ったことがあるんだぞ!」と腕を自慢しあう。招待した側は、収穫が続く数日間の朝昼2食、魚や肉など普段より豪華な食事を振る舞う。それも皆の楽しみの一つだ。(日当については、組織的な大きな農場では歩合で支払われ、1日に数十ドルにもなると聞いた。)
  
以下は、2013年末にナリーニョ県で聞いたもので、時期、場所によって多少金額の変動がある。
  
コカは、2カ月半から3カ月おきに収穫される。山間部では一次精製後ペースト状までし、町にいる仲買人に売り渡す。精製を自分でせずに葉を売り渡す人もいる。天候など好条件が重なると、1ヘクタール当たり、35~40アローバ(約410~480キロ)のコカの葉が収穫でき、1.6キロのコカペーストが作られる。ペーストは1グラム当たり1600ペソ(約0.8ドル)ほど。一度の収穫で、約1100~1300ドル。ここからガソリン等、精製に必要な薬品代、人件費で200ドル程度引かれることになる。これが、末端で生活するコカ農家の3カ月分の収入だ。コロンビア国内の一ヶ月の最低賃金は約300ドルである。
  
この地域は、これまで、まとまった現金収入源を持たなかった。トウモロコシやバナナなど、土地で育つ作物は生活できるほどの値はつかず、自給用に確保し、余剰分を売っていた。家畜を買えれば子牛を買い、育てて売る。特別な日にはそれを潰して振る舞うこともできる。人々は自給自足的な世界で生きてきた。外の世界から物理的・心理的に距離のある生活だった。
  
90年代に入ると、隣のプトゥマヨ県にコカ栽培が広がる。多くの人がそこへ出稼ぎに行った。移住する人々も増えた。「夢がそこにあると思った」と振り返る人もいる。出稼ぎ先から誰かが種を持ち帰り、コカ栽培が始まった。
  
ある男性が言う。「ここにはお金になるものが何もなかった。本当に大変だった。病気や怪我をしても薬も買えない。服も」。彼は今、コカを積極的に作っている。そのお金で馬、チェーンソー、携帯電話を買った。また、ある子どもが言う。「うちでは、今年3回コカを収穫したらパソコンを買うんだ。去年はバイクを買ったよ」。コカのおかげで、安定した収入を手にすることできた。それによって初めて将来の設計ができるようになった。町に暮らす人にとって、当たり前のことをようやく手にしたのだ。
  
その一方で、この現状をよく思っていない人もいる。地域の指導者として活躍したある男性は、コカを「悪魔の作物」と呼び、手を出さなかった。コカの取引から得る収入に、武装組織は税金をかける。その取引の中で、トラブルから殺害される人々が後を絶たない。また他の人は、コカによって収入源が獲得できたことを認めながら、それよって変わってしまった人々の意識を問題視していた。
  
以前は、営まれる地域社会の前提に、金銭のやり取りはなかった。一つの例が、地域における協働作業だ。農作業、道路や学校などの公共施設の建設などには賃金が発生しない住民による協働作業が行われている。それが、小さな社会を円滑に回すことに繋がっていた。協働作業は現在も続くが、自分の仕事を優先するし、協力しない人が増え始めた。コカなど、現金収入となるものに関する仕事と重なれば、そちらを優先する風潮が増している。根本的な所ところで、人々の意識が変わり出している。
  
お金があれば、得られるものがある。目に見えて変わる生活。昨日までなかったテレビや冷蔵庫が家に現れる。持つものと、持たざる者の格差が生まれつつある。
  
山間の小さな社会に急速に価値観の多様化がひろがっている。日常的に町に出る機会の中で、山での生活との格差を感じてきた人たちが、コカという収入源を得たことで、ある人は憧れを手に入れ、ある人は劣等感を埋めようとする。
  
後ろめたさを持ちながらも、コカを作り続ける人々の日常がある。
  
4・世界の中で  

未だ世界一のコカイン生産国ではあるが、コロンビアにおいて、コカの栽培面積は年々減少している。今ではピーク時の半分以下にまでなっている。米国を後ろ盾にした政府による対策が功を奏していると言える。代替え政策が成功している地域もある。
  
しかし、コカが問題としている事柄の本質は何一つ変わっていない。紛争の根本的な原因でもある社会格差は、日々拡大し続けている。現在も続く、反政府ゲリラFARCと政府間の和平交渉さえ、辺境に暮らし、日々コカを頼りに生きざるを得ない、本当に平和を望む人々の顔が見えているのか疑問がある。和平合意がなされたとして、その後には、辺境の地に眠る豊富な地下資源の採掘がはじまると言われている。過去には、そうした場所で、企業と繋がった非合法武装勢力による住民の強制移住が起きている。
  
私が歩いた場所は、辺境にあり、他の地域から取り残され、今も紛争が続き、未だ満足な教育、医療等、生活環境が整っていない。日々、故郷を少しでも住みやすくしていきたいと願いコツコツ行動してきた努力は、麻薬取引、武力紛争、資源開発という、巨大な力でわけもなく踏みにじられてきた。あんな山の中で、コロンビア人にさえ知られていないような世界の片隅で生きるがために、「世界」という巨大すぎる力と真正面から対峙しなくてはならないという、この事実はどういうことなのだろうか。
  
今、日本にいる私は、世界中のあらゆる場所にいる人々と繋がっている。私の目の前にあるものがどこから来ているかということが、それを示している。私が些細な事を大切にしているように、すべての人は、それぞれに大切な物ものを持ち生きている。私の無意識の行動が、地球の裏側の人の自由を奪うのだとしたら、私はなにゆえ、その自覚を持たずにこれまで生きてきたのか。ここに今ある矛盾を解くカギがあるのかもしれないと、漠然とだが感じている。
(完)
関連記事
スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。