【コロンビア日記39】ゲリラ兵士

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空爆の跡地には、焼けた女性用の下着があった。ゲリラの中には若い女性兵士も何人かいたという。彼女のものかもしれない。

この日、僕を案内してくれた地域に住む男性の息子も、この空爆の犠牲となった兵士の一人だった。もうすぐ23歳だったという。

息子がゲリラに入隊したのは今から7年程前。行動力に溢れ、頭のよかった16歳の青年は「世の中をよくしたい」という強い信念から自ら志願して入隊したと父親は話す。4人の子どもの中でただ1人の息子。その行動に父親は反対したが、彼の意志は固かった。

入隊すると息子は故郷を離れ、各地を転戦する生活にはいる。
父親との再会は、昨年11月、戦死するひと月ほど前の事だった。入隊以来、7年ぶりの再会に父は逞しくなった息子が誰か分からなかった。2度ほど、部隊長の計らいで家族で食事をとった。それが最後となった。

この部隊長の人格、政治思想に信頼を寄せる各地の住民も多かったという。

空爆のあったのは昨年12月2日(3日とも)午前1時ごろ。その場所に野営しだして4日目の事だった。ゲリラ兵士20数人全員が死亡した。

父親は空爆の知らせを聞き、夜が明ける6時ごろに現場に向かった。息子の身体を守るために。しかし、現場について間もなく軍のヘリが数機現れ、父親はそこから走って逃げた。

軍はゲリラの遺体と遺留品を回収していった。6か月がたつが、なお遺体は父親のもとに帰ってきていない。

「こうして死ぬことを彼は望んだんだ。おれは息子の人生を尊重したい。」
山仕事で鍛えられた逞しい身体。器用ではない、朴訥な話し方に父親の人柄が表れていた。亡くなった彼の息子も、この父親のように逞しかったのかもしれないと想像した。
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