「先住民族の少年マウロ」

2010年10月「ソンリサ」(日本ラテンアメリカ協力ネットワーク発行)に寄稿した記事です。
マウロというコロンビアに暮らす先住民族の少年との思い出を書いたものです。

3日前にマウロとネットを通じて話をしました。彼の家族も登場しながら、久しぶりに顔を見ながら話をすると、当時のことを思い出して嬉しくなりました。

読みにくいところも多いと思いますが、読んでいただけたら嬉しく思います。


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「先住民族の少年マウロ -コロンビア」

コロンビア南部カウカ県の、アンデスの山々に囲まれた五〇軒ほどの家が立ち並ぶある集落に、マウロと言う先住民族の少年が住んでいる。そこはコーヒーの深い緑色の葉と、太陽の光を照り返す鮮やかな黄緑色のコカの葉が、山肌を覆う。麻薬の原料としてのコカ栽培の盛んな地域では、紛争の中に多くの住民が巻き込まれている。話の中に登場する人達への影響を考え具体的な地名は伏せることにした。コロンビアで生きる、ごく普通の家族の身近に起きている出来事を話したい。


1.マウロとの出会い 


二〇〇七年、コロンビアに滞在していた私は、先住民族の生活を知るため、コロンビア国内でも先住民族が多く暮らすカウカ県の、アンデス山中に点在する先住民族コミュニティーを訪ね歩いていた。標高約二八〇〇メートルに位置するコミュニティーで私が居候をしていた家庭に、当時一四歳のマウロが大きなリュックを背負って、一二歳の弟アレクシスとやってきた。二人はその家庭の奥さんの弟だ。

二人は、コミュニティーから山道をバスで六時間ほど下った「ソナ・バッハ(標高の低い地域)」と呼ばれる温かい地域で両親と暮らしていた。ところがある日、父親がバイクで事故を起こし、足を折る大けがを負う。そして手術を受けるため、彼らが住む集落から車で丸一日かかる国内第二の都市カリの病院へ運ばれる。そこで手術を受けた父親は、通院のために病院近くに暮らす友人宅に部屋を借りることになる。母親も父親の身の回りの世話をするためカリへ向かった。残されたマウロたちは、父親の状態が良くなるまでお姉さんの家に預けられたのだ。
 
私が居候しているときに彼らはやってきた。それから二人とは、二カ月ほど同じ屋根の下で生活することになる。

2.父への思い


面倒見のいいマウロは、弟のアレクシスといつも一緒に遊んでいた。サッカーが大好きで、応援するプロチームの試合がある日は二人でテレビを占領し歓声をあげる。夜、少し大人びたテレビドラマで、エッチなシーンがあると
「ノー!」と言いながらアレクシスの顔を手で覆い、二人でよくじゃれあっていた。また、テレビなどを通じ日本の事を知っている二人は、夜になると私の寝床に来て世界地図を手に話を聞きたがる。そんな彼らに日本の話や言葉を教えたりしていた。私はとても懐いてくれる二人の事が、徐々に本当の兄弟のように思えていった。また、たどたどしいスペイン語の私に、大人が話す難しい言い回しを分かりやすく言いなおしてくれるスペイン語の先生でもあった。

家の中では、毎日楽しそうに過ごすマウロだったが、事あるごとにつっかかってくる時があった。そんな彼を初め理解できず、ムキになってしまったことがある。彼は初めて両親と離れて暮らすことや、まだ友達の少ない不慣れな土地での生活にストレスを抱えていたのだ。弟の前で必要以上にしっかり者として振舞おうとしていたのかもしれない。話を聞くと、普段弱音を吐かない彼が、両親に会いたいと漏らす。ほとんど親と連絡を取らない私は、子供の時に誰がご飯を作って、服を洗ってたと思ってるんだ!」と彼に叱られてしまった。

学校が長期休暇に入ったとき、居候先であるマウロのお姉さんに頼んで、二人を彼らの両親が暮らすカリへ連れて行くことにした。

お姉さんから借りた携帯電話で両親と連絡を取りながらバスを乗り継ぐ。途中で車に酔ってしまったアレクシスを介抱しながら、道順を誘導していくマウロ。お金は払うがマウロの後ろをついていく私。まったくどっちが大人なのか分からない。

朝五時のバスで出発し、カリに着いたのはもう日が暮れてからだった。両親の顔を思い浮かべ、嬉しさを顔に表す彼らを見ると、私も明るい気分になってくる。久しぶりに会う両親は、住宅街の友人宅のひと部屋を借りて暮らしていた。「こっちがオレのお父さんで、こっちがお母さんだよ。」と私に両親を紹介するマウロの顔には、子供らしい無邪気な笑顔が溢れていた。お父さんの足には、折れた脚を固定するためにボルトが埋め込まれ、脛から突き出した金具がとても痛々しかったが、彼も久しぶりに会う子供たちを目の前にし、笑みがこぼれていた。

3.目の当たりにした現実


その後、村に帰り再び一緒に生活していたある日、午後の柔らかい太陽に照らされた谷間の村に銃声が響きわたる。単発だった音が次第に連続した激しいものに変わっていく。初め何が起きているのかわからなかった。台所では圧力鍋から漏れる蒸気の音、屋上の洗濯場からは、服を手洗いする音と水道から流れる出る水の音が聞こえる。日常の音が、外に響き渡る銃声とあまりにアンバランスで、まるで夢の中のように現実感がない。しかし、子供たちはテレビの前に体を寄せ合い、集落に駐屯する対ゲリラの警察部隊が路上を走り回るのが目に入る。警察が駐留する建物に対して、谷を挟んだ反対側の山からゲリラが攻撃を仕掛けてきたということだった。

初めて聞く銃声に混乱した私は、家の中を右往左往するばかりだった。ここでも子供たちに「何でもないよ、フィエスタ(お祭り)だって、落ちつけよ!」と励まされる。しかしパニックになった私は、そのままカメラを片手
に外に飛び出した。一時間ほどで銃声が鳴りやむ。興奮し放心する武装した警察たちの傍らを何事もなかったかのように畑仕事の道具を担いだ住民がバイクで横切り、路地では子供たちがサッカーをしている。

家に戻ると、住み込みで家事をしている女性が洗濯をしながら尋ねる。「ダイスケ怖かった?」もちろん怖かった。パニックになり外を走り回るだけで写真を撮ることもできなかった。

台所で料理をしている奥さんに「こういうことはよくあるの?」と聞いた。彼女は、「二〇〇三年に警察がこの村にきたの。それまで村に警察はいなかった。その代わりゲリラが村の中を歩いていた。車やバイクを盗まれる人もいたのよ。でもこんなこと(銃撃戦)はなかった。警察が来てからよ、こんな事が起きるようになったのは。」と言う。もっと詳しく聞こうとする僕の話を「もういいでしょ。」と一方的に遮った。

私は強く頭を殴られたようにクラクラしていた。それは初めて目の当たりにする戦闘のショックだけではない。僅かの滞在で村の一員になった気でいた私は、戦闘の間も営まれる日常に、どうしようもなく他所者であることを思
い知らされた。

ここで私は何がしたいのだろうか。この時ほど、自分と現地の人たちとの距離を感じたことはない。

4.少年の葛藤


マウロはよく「Japon esta bueno! Colombia esta malo!( 日本はいい国だ! コロンビア最悪! )」と冗談めかして言っていた。「なんでそんなこと言うの?」というと「何でもないよ、そう思うだけ!」と返ってくる。

ある日の夜、部屋で私と二人きりになったマウロが、「これはみんなに話しちゃ駄目だからな、」と前置きして大切な話をしてくれた。まだ一年もたたない前年、生まれて間もなかった彼の弟が流れ弾に当たって亡くなったという。「今はまだとても悲しくて、家族の間でこの話は誰もしない。」想像もしていなかった話だった。彼の口ぶりは淡々としている。いつもと変わらぬ表情で話すマウロの気持ちをつかみ切れずにいた。唐突に切り出された話しの重さに、私の顔は困惑していたのかもしれない。そんな私の様子を察して「やっぱり今の話は忘れてよ。誰にも言っちゃ駄目だよ。」と、彼は明るい顔を作った。どういう気持ちで私に打ち明けてくれたのだろう。私は彼の言葉を受け止められず、そのまま部屋を出ていくマウロにそれ以上話を掘り下げて聞くことができなかった。

マウロが一度だけ歌ってくれた歌がある。「インディヘナ(先住民族)はいつも泣いている。悲しくて辛くて泣いている。」という内容だった。その時の寂しそうな彼の顔が印象的だった。また彼は「都会に住んで白人みたいに暮らしたい」とも口にしていた。

私は当時、先住民族の暮らしがどういうものか知りたくてそこにいた。普段の会話の中で「インディヘナ(先住民族)にとってこれはどういう事?」という様に、「インディヘナ」という言葉を無造作に使っていた。ある日、アンデスの民族音楽をよく聞いていた私に「オレはインディヘナなんか嫌いだ!」とマウロがぶつかってきた。彼はレゲトンというプエルトリコ生まれのダンスミュージックが好きで、よくそのビデオを見ていた。画面には、ビルが立ち並ぶ都会の風景と高級車、派手な格好で歌い踊る男女が映る。そのイメージは山で生活する彼らと正反対のものだ。彼の心には、若者が単純に抱く都会へのあこがれではない複雑な思いがあるように思えた。

マウロは民族の言葉を知らない。民族音楽も民話にも興味がない。伝統的な儀式にも「あんなのウソだね」と言う。それでも外の人間は自分たちの事を「インディヘナ」と呼ぶ。じゃあオレ達とお前達たちの違いは何?もしそう聞かれたら、私は答えが見つからない。

その後もマウロは、自分たちの事、故郷のことを少しずつ自分から話してくれた。

マウロの暮らしていた場所には警察も軍も常駐していない。そこは麻薬を収入源とするゲリラの影響力が強い地域だ。加熱する危険な場所という意味で、「ソナ・ロハ(赤い地域)」と呼ばれる。まさに政府が進める麻薬・ゲリラ撲滅作戦の最前線といえる。

集落にはゲリラや軍が出入りし、頻繁に起きる戦闘のなかで犠牲になる人々がいる。

彼が住んでいた地域はコカ栽培の盛んな地域だという。それは麻薬の原料としてのものだ。彼の家族もコーヒーとともにコカを栽培することで生計を立てている。家族でコカの葉の収穫し、精製所でペースト状にする。集落にはマフィアが住んでおり、麻薬取引を管理している様だ。マフィアを手伝い、靴の底にコカインペーストを忍ばせ町へと運んでいた父親の事、収入のために軍隊に入っていた彼の兄が、そこで麻薬を覚え刑務所に入れられていた事を、話しづらそうに私に教えた。また、麻薬で狂った軍の兵士が銃を乱射したこと、住民の物を盗んだゲリラ兵士を別のゲリラが処刑したこと、衝撃的な事を普段と変わらぬ口調で話す。タバコを吸う私に「タバコにはコカインが入ってるんだぞ、やめろよ!」と言い、「神様は全部見てるんだ。オレはタバコも酒も絶対にやらない」そう強く話す。

マウロの中には、先住民族、麻薬と暴力、家族の死、全てが一つの線でつながっている、そんな思いがあったのかもしれない。

私の中に一四歳の少年と話をしているという意識はもうなかった。一人の人間として発する言葉の一つ一つに込められた思いが何なのか、精一杯感じようとした。彼の過ごしてきた日常を知らない私には、そうすることでしか彼に答えられないと思った。

5.再訪

日本に帰国し、半年後に再びコロンビアに渡り村を訪ねると、マウロとアレクシスが元気に迎えてくれた。この頃には父親の状態も良くなり、月一回へと通院の間隔が伸びていた。そのため、病院のある都市からもう一人の娘、オルガが暮らす別の町のアパートに越していた。マウロたちも学校が長期休暇になるのをきっかけにその町に家族で暮らすようになる。山と違いとても暑いこの町で、六畳ほどの部屋に家族五人が暮らす様子は窮屈そうに思えたが、それよりも家族が一緒に暮らせる幸せを皆が噛みしめているようだった。後に、当時妊娠中だったオルガに息子が生まれ、家の中に明るさが増していく。

私はどうしても彼らの故郷に行きたかった。マウロがこれまでどんな思いで生きてきたのか、彼らが見てきた風景を見ることで共有できる思いがあるのではないか、その思いが日に日に強くなっていった。しかし、それにはカビルドの許可が必要だ。

先住民族社会ではカビルドと呼ばれる評議会がコミュニティーを取り仕切る。どの村でも、まずカビルドに来訪の理由を話し滞在の許可を得る。それは、自分たちの生活圏を守るための仕組みだろう。また、私の様な他所からの人間は、カビルドの許可を得ることで、紛争地域で軍・警察に対して、自分はゲリラではないと信用を得られる。先住民族社会を尊重するといわれるゲリラに対しても、カビルドと通じているということで危害を加えられる恐れが減る。しかし、外国人の出入りがない場所では、軍事組織の不信を招く危険が伴うため許可が出にくい。

それでも、「私たちが村に帰るときには一緒に行ってグアラーポ(サトウキビの地酒)を飲もう」と言ってくれた。

6.マウロの故郷を訪ねる 

三度目の訪問となった二〇〇九年八月、マウロたちは故郷の村に戻っていた。電話をすると、父親は足を固定していたボルトが抜かれ、山を歩けるまでに回復したと言う。オルガも子育てのため、一緒に村に帰っていた。皆が元の生活を取り戻していたことが、自分のことのように嬉しかったが、一方で今度いつ会えるのか分からないという寂しさがよぎった。

ある日、マウロたちが暮らしている集落から山一つ挟んだ所に暮らす知人を訪ねる機会があった。そこは住民の数が少なく、コカ栽培の規模も小さいため紛争が少ない。マウロの親戚も住んでおり、彼らが元気に暮らしている様子を伝え聞くことができた。深い谷に挟まれたその集落は、山の斜面にまだ青い実をつけたコーヒーの木がびっしりと並んでいる。無農薬で作られる立派なユカ芋や熟れたオレンジをたべながらのんびりと過ごしていると、マウロのお父さんが犬を連れてフラリとやってきた。「元気でやってるかー?」私が来ていることを聞いて、山道を一時間以上歩いて会いに来てくれたのだ。あまりの嬉しさにいつもより握手に力が入る。以前の杖をつきながら歩く姿はもうなく、日に焼け締まった顔つきから、本当にもう良くなったのだなと感じた。しばらくそこで話をしていると、「今から家に行ってみるか?」と言う。でも、いいのだろうか。カビルドは何と言っているのだろうか。彼は「別にいいよそんなこと。俺の作るユカ芋が見たいだろ?」あっけらかんとしたその言い方に思わず笑ってしまった。もちろん断るはずがない。「バモス!( さぁ行こう! )」と言って彼の後をついて行った。

前回彼らに会ってから一年半以上が経つ。頭の中をみんなの顔がよぎる。

山道を登りきったところから、彼らの暮らす集落が見えた。山々に囲まれたそこだけお皿のような平坦な場所がある。そこに五〇軒ほど家が立ち並んでいる。マウロたちの家はその中心から少し離れた、山の斜面にあると言う。残り半分の道のりは、やけに足取りが軽くなった。

コーヒー畑の中を通る小道の先に家が見える。家に着くと、マウロの母親とオルガ、三歳になり歩けるようになった彼女の息子に迎えられる。マウロとアレクシスは広場でサッカーをしていて家にはいない。自家製の甘いコーヒーとパンで少しゆっくりした後、広場へ行ってみる。夕方の沈みかける太陽の中で、友人たちと汗だくになってサッカーをする二人がいた。「オーラ!」と声をかけると、「こっちのチームに入ってくれよ!」といきなり私もボールを追いかけることになった。あっという間に汗だくになり、ヘロヘロになりながら日が沈むまで子供たちに混じって遊んだ。一七歳になったマウロは少し背が伸び、顔つきも大人っぽくなっていた。もうすぐ一五歳になるアレクシスは「ハラヘッタ!ハラヘッタ!」と、声変わりした低い声で以前教えた日本語を口にした。再び会えたことがとてもうれしかった。

家に戻って一緒に夕飯を食べながら話をする。再び家族と一緒に暮らせる事がどれだけ二人にとって幸せなことなのだろう。特別な話をしていたわけではないけれど、食卓に漂う穏やかな空気から、彼らが安心した生活を送っているように感じた。

夜が更けてくると、あたりが大分涼しくなる。食事を終え、温かいアグアパネラ(お湯に黒砂糖を溶かした飲み物)を飲みながらマウロ、オルガと三人で話しをしていた。その時、「ブーン」という低くくぐもった音が夜空に不気味に響き渡る。何だろうと思っていると、「フィエスタ(お祭り)が始まったんだよ。」と落ち着いた表情でマウロが言う。すると、遠くから腹にずしりと響く「ズーン」という音がした。低空で飛ぶ軍の飛行機と、そこから落とされた爆弾の音だった。爆弾が落ちた場所はここから大分遠いようだった。ここ数日、山に潜伏するゲリラに
対して軍の攻撃が続いているという。毎晩夜が更けてくると飛行機がやってきてゲリラに対して空爆が繰り返されている。

不気味な音が響く中、マウロもオルガも穏やかな表情のまま会話の続きを楽しんでいる。まるで何事も起きていないようだ。敢えてそうしているのか、本当に気にしていないのか分からない。ただ、二人の雰囲気が不思議なくらい私の心を落ち着かせていた。

ここでの生活は危険なはずだ。学校の屋根には白い旗が掲げられ、空に向けて学校の位置を知らせる「ZONA  ESCOLAR」の文字が大きく書かれている。村の入り口には住民による二四時間の検問が設けられ、軍事組織に対して自分たちの主権を主張していた。

短い滞在の中で私が印象に残っているのは、使い慣れた場所で家事をする母親、自分たちの畑で採れた作物を自慢する父親、住み慣れた家から学校へ向かう子供たち、それぞれが本来の居場所で生活を送っている姿だった。毎晩、繰り返し響く飛行機と爆弾の音が、その姿をより印象的に浮かび上がらせていた。マウロに「両親と暮らせて幸せかい?」と聞くと、間髪いれず「あたりまえだろ!」と笑顔をかえしてくる。

三日間の滞在で私はそこを離れた。別れの挨拶をしようとマウロを探すと、彼の姿がない。町へ出かける親戚を、バスが通る場所までバイクで送って行ったという。いつのまにバイクを運転できるようになったんだろう。一四歳だった少年の成長を感じて、嬉しくなった。

7.政府の対ゲリラ政策

二〇〇二年に国内の治安回復を掲げ大統領に就任したアルバロ・ウリベ氏は、アメリカの支援のもと、麻薬・ゲリラの撲滅を進めていった。二〇〇三年に対ゲリラ警察部隊が集落に入ってきたという話は、ウリベ政権発足後の事だ。コロンビアでは一九九一年の憲法改正により、先住民族共同体内で一定の自治が認められている。そこでは犯罪についても、共同体の慣習法に基づき彼ら自身で裁くことができる。(殺人等重大犯罪については例外。)治
安維持に関しても、カビルドを中心に行われている。共同体内での警察の役割は、あくまで対ゲリラということに限られる。ここで問題になることは、ゲリラとそれ以外の人々との境界だ。ウリベ政権になってから、農村に対する軍の攻撃が激しくなったという話を聞いた。また、先住民族の社会活動に対して軍・警察による妨害から活動する人の中に死者が出たときに、先住民族とゲリラとの関係を指摘する報道がなされる。先住民族とゲリラが繋がっていると政府が考えているようだ。

ゲリラと住民との関係は非常に微妙なものだ。ゲリラに対して物を売った事によって、シンパとして軍に殺害されるケースを何度となく聞いた。また、あるコカ栽培の盛ん地域出身の人の話では、初めゲリラの影響の強い場所だったが、後にコカの利権を巡ってパラミリタール(右派準軍組織)がゲリラと対立し、パラミリタールの支配地域となった。そして、ゲリラと関係が近かった人々が粛清されていったという。パラミリタールの動きを黙認する軍・警察の様子が指摘されている。

二〇一〇年八月七日、フアン・マヌエル・サントス新大統領が就任した。彼はウリベ前政権で国防大臣を務めゲリラ掃討に力を注いできた人物だ。ゲリラ根絶を表明していることからも、今後もゲリラの展開する地域での戦闘は続いて行くと思われる。

8.終わり

「インディヘナ」の社会で生まれ育ったマウロは、今もそこで毎日を送る。その生活は、政府が掲げる麻薬・ゲリラ撲滅作戦の最前線のなかだ。自分の力ではどうすることも出来ない環境でもみくちゃにされてきた。一四歳だった彼の眼は、自分の心の葛藤に外側に起こる問題の原因を見つけ出そうとしていたのだろうか。彼の話はいつも脈絡なく突然始まった。葛藤する心を不器用に表現していたのかもしれない。

「麻薬・ゲリラ・紛争」コロンビアと聞いて多くの人が持つイメージだと思う。
しかし、そのイメージの内側には、人々の人生がある。そんな当たり前のことを、マウロや彼の家族、友人たちと関わる中で実感した。

次に会う時、マウロはもっと大人近づいているだろう。これから彼はどのような人生を歩んでいくのか。成長した彼とどのような話ができるのか、とても楽しみだ。

暴力が彼の人生を終わらせることは、絶対にあってほしくない。


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Comment

偶然にも色々調べてたら柴田君のブログにたどり着いた。
素晴らしい話だね。
改めてゆっくり飲みたいと思ったよ。
その日を楽しみにしてるよ。
  • 2013/02/07 10:23
  • ヒデ
  • URL
Re: タイトルなし
気を付けて旅続けてください。
ぼくもお会いするの楽しみにしてます!!
  • 2013/02/12 21:51
  • シバタ
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