「MINAMATA」序文より

世界が公害によって恐るべき困難につきあたってしまったということは疑いなく明白である。いや、言いなおさなくてはならない。「世界」ではあまりにもかけ離れていて、あまりにも抽象的だ。私たちや隣人、そして同じ人間たちが今この瞬間にも、不可欠の空気、水、食物から汚染されているのだ。

こう言われるかもしれない。どうしてそんなに夢中になれるのか?だれもがすでに気がついていることではないのか?と。いや、明らかにそうではないのだ。私たちが水俣に行く直前に、水銀についての会議がニューヨーク、ロチェスターであったが、科学者は私たちにたずねた。「なんで行くのか?水俣ではそれはもう終わってしまった。いったいなんの写真を撮りに行くのか?」

私たちは、「それ」が終わってないことを知っていただけでなく、「それ」-毒が水銀であれ石綿であれ、食品添加物であれ、放射能であれ、またそれ以外のなんであれ-日に日にわれわれの上に迫って来ているという確信を強めたのだった。汚染の増大はどんな反公害の良心も追いつけないほど急である。しかし、私たちが水俣で発見したのは勇気と不屈であった。それはほかの脅かされた人びとを勇気づけ屈従を拒ませるのみならず、状況を正す努力へと向かわせるものであった。

水俣の状況にかかわる正と悪を振り返って、いま私たちはこの本を通じて言葉と写真の小さな声をあげ、世界に警告できればと思う。

気づかせることがわれわれの唯一の強さである。

Wユージン・スミス
1975.1.7

----------------------

いつでも読み返せるように。
関連記事
スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。