日記 8.21 稲の収穫を前に

  • Day:2011.08.22 23:06
  • Cat:茨城
今日は、茨城で田んぼの用水路清掃の手伝い。
小雨が時折強くなる中、早朝より近隣の農家さんが集まり行われた。
来月の稲刈りを前にその準備を進める。

その中で、収穫への不安を聞いた。

放射性物質に対する検査を徹底すべきとの思いと、もし新たに出てしまったらとの不安。「 もう一度出荷停止となり、他の作物へも影響(価格の下落)が広がったら、もう立ち直れないだろう。」

また以前、別な農家さんは「東北の影になり茨城でのことが、なかったことなってしまうんじゃないか」と、世間の関心が離れてしまい、忘れられることへの不安を話した。

子供を持つ、収穫を控えた米農家さんが、初めて他所から古米を買ったという話も聞いた。
「どうなのか分からないが、食べざかりの子供は食う量が違うから」との思い。

日本の食生活を支えている人達を、その恩恵を受けてきた僕らは、今この状況の中、どう支えていけるのか。

買って応援しようという声と、不安を覚えるから買わない、売らないでくれと言う声が聞こえる。

また別の場所では、もう過ぎ去ったことであるかのような無関心。

何だろうか、もっと違う何か。もっと根本的な所で、作り手の気持ちを想像したい。その上で、作り手の人たちが取り残されないような。僕たちはこれまで毎日それを食べて生きてきた。その作物を作る人たちが苦しんでいる。今、作り手の方々を支えることができなかったら、これから先どうなってしまうんだろうか。

方法は決して一つではない様に思う。
もし、検査を徹底するなら、責任ある立場の人がそのケツをしっかりと持つ。徹底して泥をかぶるべきだ。作り手にも消費者にも責任はないのだから。

生産者と消費者の溝をこれ以上広げてはいけない。





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