日記 7.12 大子町

  • Day:2011.07.13 01:38
  • Cat:茨城
DSC_4647_convert_20110718163401.jpg
五月にお茶が出荷停止の措置が取られた茨城県北部大子町を訪ねる。

大子には県内でも観光地が多く集まっている。これまでにも何度となく訪ねてはいたが、正直お茶のイメージは薄かった。

車で走る。町の中心を超え、栃木寄りに向かっていくと、山の斜面にお茶畑が広がってくる地域に入って行った。「お茶の里」都の看板がある。この地域が奥久慈茶の産地なのだ。今まで見落としていたのか、それにしても一面の茶畑。

黄緑色の新芽が生えている畑と、刈り取られ枝がむき出しの葉ない畑が見える。

聞くと、新芽が生えているのは、出荷停止措置が取られてすぐに、刈り取られ、その後に二番茶となる新芽が生えてきたもの。枝がむき出しの物は、遅れて刈り取られた木々だという。 このお茶の木々を「カブ」と呼んでいる。感じにすると「株」だろうか。

僕は、震災があって初めて、農業、漁業に携わる方々と接するようになったにわか者だ。
全く素人なのだけれど、この「カブ」のように、職業とともに、その土地に根付いた人々が使う言葉に不思議な魅力を感じている。

例えば、漁業関係者の中で「イソ」と言うと、どうやら競りが行われる市場を指すようだ。というより市場が岸辺にあるからだろう。「おじさんどこにいます?」って聞くと、「ああ、さっき磯に行ったよ」と返ってくる。

また別の土地では、土に混ぜ込むことを、「うねる」という。「あぁ、そりゃぁ、うねっちゃったなぁ」。作業を見ると、混ぜると言うより、まさに「うねっちゃう」というのがぴったりだ。

少々荒っぽくも話されるその言葉達に、すごくひかれている。

このお茶であるが、シーズンは5月~7月にかけて。今年は一度も収穫することなく終わってしまった。
これから、保障の手続きが始まると言うが、100のところ30出ればいいんじゃないかという見通しだそうだ。

「今年は最高の出来だったんだ。霜もなくて、雨もあって。だから悔しいよな。」「今まで、家では100何十年ってお茶やってっけど、こんなの初めて。霜にやられてもゼロってことはない。」

山間部の斜面を年月をかけて改良しながら広げていたそうだ。
兼業農家が多く、仕事を外に持つ働き盛りの人たちは、会社が休みの土日を農作業に充てる。
手続きの面倒さから、保障をあてにしない家もあると言う。稼ぎはほかにあることが大きい。

茶畑の助走をするおじいさんがいう。「ここ何年かで、大分畑が荒れてきたんだ。やらない(お茶を)家が増えた。でも、一年明けちゃうと、なかなか元に戻らない。今年のこれで、また荒れるかもしれない。2,3年後にまた来てみなよ。どうなってんのかな。」

原発は状況がはっきりと読み込めない。来年は収穫できるのか。漠然とした不安感が広がっている。
そしてその空気は、農村が抱える高齢化、過疎という問題に、追い打ちをかけるのだろうか。原発が収まったとしても、影響は今だけじゃない。金銭だけでは取り返しのつかないことが起きようとしているのかも知れない。






関連記事
スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)