コロンビア 「和平」の陰で続く暴力

 内戦が半世紀を超えるコロンビアで824日、活動する国内最大の反政府ゲリラ・コロンビア革命軍(FARC)と政府間で歴史的な和平合意に至った102日には、この合意を国民投票にかけ賛否を問い、その結果を受けて最終的な両者間の戦争終結となる。もう一つのゲリラ、民族解放軍(ELN)と政府間の和平交渉も、エクアドルを舞台に開始されると昨年発表された。国内の、武装組織同士の戦闘が終結に向かっている。

 しかし、「内戦終結」が大きな喜びとともに伝えられる陰で、先住民族指導者をはじめ、地域指導者、社会活動家に対する迫害が止まない。327日の全国紙エル・ティエンポに、2016年最初の3ヶ月間で全国28人の社会的指導者が暗殺されたとの記事が出た。それぞれ、人権、環境、違法開発など社会問題に取り組む地域リーダーたちだ。1478件だった同殺害事件が、15108件へ増加、16年は前年と同レベルで増加している。

 特に先住民族への迫害が続く南部カウカ県では、麻薬取引、鉱物の違法採掘から利益を得る準軍事民兵組織と、民兵の力を利用し、資源開発を進めたい企業が、社会的な自立を求める先住民族社会を抑圧する。

 70年代以降カウカ県では、先住民族自身が復権運動を組織的に続けてきた。私は彼らの活動を、2007年から取材し続けてきた。カウカは資本家、企業による大規模な農場が広がる平野部と、家族単位で農業を営む農民、先住民族が暮らすアンデス山地を地域に抱える。山岳地帯にはゲリラが活動し、平野部では資本家と結びつく民兵が活動してきた。農村は、両武装組織の間に立たされ、大きな犠牲を払ってきた

 歴史の大きな節目となる20163月から5月初めにかけて現地を訪ねた。

 

.殺害されたヤナコナ民族の首長

 20163月2日、コロンビア南部カウカ県の中心都市ポパヤンで、同県ヤナコナ民族自治区リオ・ブランコの首長アレクサンデル氏が白昼、何者かに銃撃され死亡した。31歳の若きリーダーであった彼は、ヤナコナの生活圏である高山地域の環境保護を主張してきた地域の中心人物だった。

 リオ・ブランコを4月初めに訪ねた。標高4400mのソタラ火山を間近に見上げる小さな町。火山から吹き下ろす風が、昼でも体を冷やす。一帯には、約1500人のヤナコナ民族が暮らす。

  アレクサンデルは以前、土地のコミュニティーラジオ局で記者を勤めてきた。昨年初め、自治区の副首長に就任し、昨年末の選挙で投票を得て、今年1月に晴れて首長に就任したばかりだった。

 生前の彼を映した動画を、リオ・ブランコの住民が見せてくれた。地域の祭りの映像だった。賑やかに踊る大勢の男女の前で、ダンスミュージックを奏でるバンドでギターを弾く彼が映し出されていた。若さに溢れ、聡明で活発だった彼は、多くの人を惹きつける魅力を持っていたと聞いた。これから地域を牽引していくと周囲は期待した。彼が働いていたラジオ局が町の中心にある。その外壁に、彼を惜しむ人たちによって、彼の姿が大きく描かれていた。

 まだ亡くなって日が浅いせいか、人々の口は重かった。アレクサンデルの後を継ぎ首長となった男性は、「彼は外部の力から土地と文化を守ろうとした。私たちは彼の意思を継がなければいけない」と話す。他の地域だが、数年前に地域を武装組織から自立させようと活動したリーダーが殺害された場所がある。残された人々の中から、「地域の中心となる人物は、小さな社会で生きる私たちにとって希望なのです。その彼がいなくなった。私たちの希望が消えてしまった」と重く語る人物がいた。暴力が人々に沈黙を強いていた。

 

. 地域指導者への迫害と民兵組織

 カウカでは、16年に入り立て続けに先住民族へ圧力をかける事件が続いている。特に7月は、ナサ民族自治区トリビオの首長のもとに民兵組織アギラス・ネグラスから殺害予告が届いたのを始め、14日には、キリチャオ市でナサ民族2人が銃撃され死亡。続く16日には、ラス・デリシアス先住民族自治区の指導者が、自宅へ押し入ってきた暗殺者に銃撃を受け重傷を負う。さらに17日、ウエジャス自治区で2人の先住民族が身元不明の人間に攻撃を受けている。カウカ県北部の先住民族協会ACINは一連の事件を受けて、「準軍事民兵組織の名で、脅迫文が出回っている」とコメントを発表し、先住民族が暮らす領域の安全確保を政府に要請した。

 民兵組織各地方の大土地所有者、麻薬組織がゲリラから自衛のために所有した傭兵が発端だ。その後、麻薬取引などを資金源に勢力を拡大し、全国組織・コロンビア自警軍連合(AUC)に成長した。対ゲリラ戦争を戦う政府軍と時に活動を共にしながら、現在の内戦の一翼を担った。2006年までに、政府により解体されたが、形を変え今なお活動が続く。現在、大小少なくとも18以上の民兵組織が、全国32県のうち27県で活動していることが報告されている。
 現在の民兵を政治学者アリエル・アリバ氏は全国紙エル・ティエンポ紙面で「誰でも雇うことができる傭兵」だと解説している。また、首都在住のビデオジャーナリスト、ブラディミル・サンチェス氏は「麻薬組織、企業からの資金援助を受ける違法武装組織であり、そこに政治的思想はない」と説明した。

 

3.抑圧の歴史 

 広い豊穣な土地をもつカウカは、古くは牧畜、現在は製糖、バイオエタノール向けのサトウキビ栽培が企業により大規模に展開されている。この豊かな土地にスペインによる統治時代以前から「先住民族」が暮らしてきた。植民地期以降、彼らは入植者に土地を奪われ隷属的に扱われた歴史を持つ。特に19世紀後半から土地を奪われた人々が、自らの土地を地主から借り、借地代を払うため地主の農場で無賃金労働をさせられてきた。一部では1980年前後まで続いた隷属的環境の中で、人々の抵抗を地主は力で圧殺してきた。現在では農地としての豊かさだけではなく、採掘されている金をはじめ、銅や石炭などの豊富な地下資源が確認されている。

 カウカでは、主に70年代から先住民族自身による復権運動が始まり、土地の回復を中心に据え現在へと続く。活発な運動を通して自治意識を高め、自らが主体となり生きる社会建設を着実に成し遂げようとしている。しかし、その土地が生み出す利益を得ようとする民兵、企業にとって、彼らの自治拡大は邪魔なものでしかない。「なぜ先住民族が民兵に狙われるのか?」という私の問いに、前出のビデオジャーナリスト・サンチェス氏は、「それは、先住民族が土地を守るからだ」と答えた。

 

3.主権者としての先住民族

 カウカで先住民族が復権運動の中心に位置付けるのが、「母なる大地の解放」と名付けられた土地を回復するための活動だ。私は2007年と10年、この活動に同行した。07年は、総勢1000人余りの先住民族が参加し、平地部に広がるサトウキビ農場を占拠した。はじめ参加者は二つの班に分かれ、一方が幹線道路を封鎖し活動を妨害する警官隊を制止し、もう一方が農場へと向かった。当時、私はナサ民族が多く暮らすハンバロ先住民族自治区に住み込み取材をしていた。参加者は、10代から年配者まで多岐にわたる普段は農業に従事する「普通」の住民たちだった。中には学校を休んで参加する10代前半の子どもがいた。現在まで繰り返されるこの活動では、警官隊との衝突により先住民族側に多数の負傷者、時に死者が出ている。身の危険を覚悟する人々の情熱が、今も私の中で熱を持つ。農場では投石で抵抗する人々に、警官隊が催涙ガス弾を打ち込んだ。それでも先住民族は抵抗を続けながら農場のサトウキビを引き抜き、彼らを象徴するトウモロコシ、豆など伝統作物の種を1週間にわたり蒔き続け、土地の主権と自身の存在を示した。

 近年は先住民族自治区内で、採掘権を持たない違法業者による金の採掘が問題になっている。土地の住民は川砂をさらう古くからの方法で砂金採取をしてきたが、重機を持ち込む外部の人間が、川の形が変わるほど土地を掘り返し作業を続けたため、河川が汚され森が荒れた。業者の背後には、金取引から資金を得る民兵、企業の存在があるとされる。また、カルドノ自治区では、区内に存在する天然資源採掘を求め、開発へ理解を求める文書が政府より送られてきた。それに対し、要求を拒否する自治区に民兵から脅迫が届いたことがある。

 1991年制定のコロンビア憲法は、先住民族自治区内における土地の主権者として、民族自身による慣習法での統治を認めている。また、同憲法は「すべての地下資源は国家が所有する」と定義しているものの、91年にコロンビア政府が批准した、先住民族の権利を示す国際労働機関(ILO169号条約は、領域内での資源開発に際して政府には関係する民族との事前協議の必要性があることを示し、関係する民族は損害に対する公正な補償を受ける権利を持つと謳っている。また、土地の主権者である先住民族への強制移住を禁じている。この点からも、自治区内において住民の存在を敵視し、暴力で排除する姿勢は強く批判されなければならない。

 

4.誰のための「平和」か 

 今年4月、カウカ県の先住民族の間で、現在の和平交渉にどう向き合っていくかという集会が開かれた。登壇したナサ民族の女性指導者ルス・メリィ氏が怒りを込めて聴衆に語りかけた。

「政府は今も続く暴力をコントロールできず、その背景に責任を持たない。誰のための『平和』か」。

 内戦の要因に、大土地所有に象徴される植民地支配時代から続く社会構造と、拡大し続ける社会格差がある。「先住民族」と呼ばれる人々は、常にこの社会の端に置かれ続けてきた。

 ルス・メリィ氏は演説で、さらにこう付け加えた。「ゲリラ、政府軍、民兵、そこで殺し合うのは私たちの息子たちだ。彼らが銃を向けるのも、私たち自身。紛争の原因は除かれないままここに存在し続けている」。

 武装組織を構成するメンバーは、農村出身者、都市の低所得者層に多いと聞く。そこには先住民族の若者たちも含まれる。私はコロンビアの農村で出会った子どもたちと、今ではよくインターネットを通してSNSで繋がり、彼らが日々アップする日常の写真を通して、今何をしているのか知る機会が多い。その中の、少なくない人たちが政府軍に入隊し、そこで撮影したと思われる写真をアップしているのをみて驚くことがある。山間地のキャンプであろう場所で銃を持つ姿や、軍服で同僚と肩を組んでいるものなどだ。徴兵制があるコロンビアだが、先住民族は徴兵が免除される。写真で軍服をまとう彼らは、自らの意思で入隊したのだ。その理由を、以前から付き合いのある先住民族の友人との会話から想像してみる。

 

 彼はカウカ県のある先住民族自治区で生まれ育った22歳の青年だ。周囲と同じように、彼の家族も農業を主体として生活をしている。自給用に、根菜類やトウモロコシ、豆、さとうきびを栽培し、換金作物としてコーヒーを作る。コロンビアで最も収穫高が多いコーヒー産地の一つであるその地域だが、コーヒーだけで一年間家族を養っていくだけの収入にはならない。ここで重要なのが、麻薬の原料としての違法作物だ。コカや大麻がある。これらを合わせて、コロンビアが定める最低賃金をわずかに上回る収入を得る。

 友人は、大学で心理学を学び人の心を癒したいという夢を持っていた。その後一生懸命勉強し、大学に進学する。進学後は親類の援助を受けて学費と下宿代を賄っていたが、一年で金銭的な無理がでて仕送りが止まってしまった。私が彼と会話を交わしたのは、彼が学校を休学し実家に帰ってきてからだった。思うよういかない人生にイラつき、家族に対して心を閉ざしていた。

 彼が言った。「ここにはコカしかない。一年間コカを摘んで、もしお金ができたら大学に戻りたい。弟は仕事がなくて軍隊に入ろうとしたんだ。でも、ゲリラが近くにいるここでは、家族に軍隊に行った奴がいると『裏切り者』って見られるかもしれない。母親が泣いて止めたよ」。

 彼の暮らす地域から軍隊に入る若者がいることから、ゲリラが一様に圧力をかけていたのかはわからない。ただここでわかるのは、農村の若者にとって未来を切り開くための選択肢が、違法作物の栽培か軍隊に入隊することであるということだ。

 

 コロンビアでは、内戦の沈静化により外国資本が増加し、「戦後」のさらなる経済発展が期待される。資源開発がそこに果たす期待は大きい。しかし、そこで語られる「戦後」の主体は、これまで同様この国を動かしてきた富と力を持つ一部の人々である。社会的、経済的にコロンビア社会の「辺境」に置かれてきた「先住民族」の社会は、今も同じ位置にあり続けている。その状況を変えようと先住民族は、まさに、身を削り、血を流してきた。それでも、「経済的発展」を望む力を持つ人々にって描かれた未来は、彼らを中心に「発展」する「豊かな」社会でしかない。

 ナサ民族の男性が私に話した。「私たちが守ろうとしているのは、私たちが生きるために必要な土地だけです。私にとっての『平和』とは、生まれ育ったこの土地で家族や友人たちと静かに暮らすこと」。これまでの歴史の中で、大きすぎる犠牲を払い続けてきた人々が求める平和の姿に、今の「和平」はどれだけ寄り添えるのか。

 ただ、彼らは平和に対して受け身でいるわけはない。周りの状況が変わろうとも、これまで同様、活動し、発言し続けることで自分たちの価値観による生きやすい社会を作ろうとしている。

 

追記:

 102日の国民投票で、和平合意反対派が賛成派を0.4%上回る票を得た。926日のサントス大統領とロドリゴ・ロンドニョFARC最高司令官による和平合意署名式を受けての事だった。各国の代表者を招き、大々的に和平協定調印式が行われた直後の出来事に、衝撃が走った。

 背景には、FARCに嫌悪感を抱く主に都市部の人々が、武装解除後の恩赦など、FARC兵士に対して寛容な和平合意内容に反発したことや、現大統領に反発する勢力によるネガティブキャンペーンが功を奏したとの見方がある。

 和平合意後、コロンビア各地で、和平を求める人々による大規模な集会、行進が行われた。インターネット上で見た光景に私は強く心を揺さぶられた。それは首都ボゴタの中心で、数万人の市民が集まり、手にする蝋燭の明かりが広場を埋め尽くしていた。彼らによる「queremos la paz(私たちは平和を欲する)」の大合唱が夜空に駆け上っていた。パソコンの画面越しでしか見ることができないにもかかわらず、私は強く心を揺さぶられた。

 また、ネット上には、賛成派、反対派様々な意見が溢れている一方で、投票結果が出た直後、国民がこの結果によって二分することを望まないというメッセージや、賛成派・反対派がお互いが手を握り合う絵など、投票結果が戦争への賛成ではなく、これによってコロンビア国民が対立することを望まないという意思表示が盛んになされていた。

 コロンビア国民は強く平和を望んでいる。誰もが、戦争のない世界を。ノーベル賞受賞によって、世界的な注目が再びこの国に注がれた。粘り強い交渉が望まれる。

 

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