日記2.20

朝5時起き。ネットを半寝でつらつら。
6時になったら外に出てみる。

町外れで牛乳を搾っている人たち。
話していたらコップに絞って飲ませてくれた。温くて甘い。

入ったに宿へ。

タクシーを拾ってバスのりばへ。そこからトゥネル。11時くらい、お腹も減ったので昨日のコメドールでご飯。
2回めでちょっと笑ってくれた。ほっとする。
豚の唐揚げ定食とパイナップルジュース。このジュースは天然じゃないな。

しばらくまた集落を歩く。
学校にいく。きつい反応。

床屋で髪を切る。
そのまま居付いてみた。
皆怖がってるんだなというのがわかった。だれも暴力を望んでない。

路上で肉のあみやきを売っている。回りに食べながら人だかり、エイっとその輪に入って肉を買う。50c.
来週集会があると。なるほど。果たしていって大丈夫なものか。
肉で腹いっぱい。

やっぱり、この奥にある幾つもの集落を訪ねなきゃダメなんだろうけど、つてが掴めない。

奥にはテレビもなくて、ラジオしかない。
なんとなく想像できる。皆同じ地元の放送局を聞いてて、情報の多様性なんかもちろん無くて、もしかすると、集会や抗議運動への参加も、地域ごとに義務化されているのかもしれない。

水曜かぁ。 火曜に出ようかと思ってたんだけどなぁ。
マナグアで寄りたいとこもあるんだけど。
悩んでみよう。

宿に戻ると、すっかり腹は水でタプタプ。暑くて水ばかり飲む。
うんこが恐ろしく快調。コロンビアでもこうはならない。メシがほんとうによく合う。
これは幸せだ。もっと長居してもいい。




 
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日記2.19

サンミゲリート、朝9時にサンディニスタの家へ。
ボスは不在。若い事務員と少しおしゃべり。

運河についてはあまり歯切れがよくない。
国のデサローヨのためには必要なことだとまとめる。
土地を国が買い取るための具体的な話は進んでいないようでもあった。

若い人たちはマナグアから派遣されてるのかと思ったが、地元のお兄さんたち。

話を聞いていると、トゥレに行かないとと思う。

そこから、タクシーを拾ってますのりばへ。
バスでトゥレへ。15c。

寝てたら行き過ぎ、おりて歩く。

途中のティエンダに「NO AL CANAL」「FUERA LOS CHINOS」と強烈に大書されたメッセージ。
ビリビリする。
声かける。ジュースを買ってお菓子を買って座らせてもらう。

すると、一台の車で外国女性が乗り付ける。オランダのペリオディスタだと名乗り、写真を撮っていって去っていった。
いろいろな人が来るのだな。

トゥネルへ行ってお昼を食べる。
牛肉のサルサ煮込み定食。
トマトケチャップと何かの味だ。この味が結構多いな。ウマいんだな。
ジュースはパイナップル。暑かったのでお代わり。合計95c。結構根が張った。

集落をぐるりと廻る。
色んな意味の汗が滴る。

来てみてよかった。明日も来ようと思った。

そこから歩いてタクシー乗り場を目指すが、1時間半ほど歩いてこの先い時間以上かかると聞いてバスを待つことに。
バス待ちでコーラを飲む。
コーラばかり飲んでるな。キンキンでうまい。

サンミゲリートへ。
野球少年がいた。素晴らしい。

漁師のおじさんたちに交じる。

夜はビール2本。ご飯は食べない。

ご飯美味しいけど、ちょっと高いな。

日記2.18

サンカルロスからサンミゲリートへ。

10時に直行のバスがあると呼び込みのお兄さんが言ってたがいつまでたっても来ない。
30分過ぎたけど来ない。次の直行は12時半。この辺りはどうなってるのかよくわからない。

どうやら乗り継ぎでも行けるらしい。
乗り継ぎ店までバスで行って、そこから乗り合いのタクシー。
合計の料金は直行便と変わらない。

乗り継ぐことにする。
バス30c。タクシー20c。

タクシーで泊まるとこを聞く。安いとこにしてもらう。
カサデムヘール。1階が女性支援の団体オフィスとなってるその2階。
一泊160c。これはいい。

団体の女性にそれとなく運河のことを聞く。
おそるおそるというかんじで、ここ(カスコウルバーノ)は皆合意したわ。
という。こちらが中国人だと思っているように感じた。

その違いを話す。
少し、間が空き、ひきつりながら、「あなたはどう思う?」ときかれた。

もしかすると、ここにも色んな意見があるのかもしれない。
それはそうだ。

ぶらぶらする。
カサデサンディニスタがあった。

中へ入ると若い青年が。ヘフェは外出中だから明日の朝来てくれと。
なるほど、サンディニスタは今は政権党だけど、そうじゃなくなった時の役割はなんだろうか。
自治体との関係も革命当初とは当然違うだろうし、どうなんだろう。

酔っぱらいのオヤジ達に囲まれ飲まされた。
コメドールでお昼。豚の唐揚げ定食とグラナディージャのジュース。

夜はビール2本だけ。



日記2.14

マナグア。夜、野球を見に行く。
劇的なさよなら。

日記2.17

昨夜、宿のおやじがバスの電子カードを貸してくれた。
マナグア市内の多くのバスがカード専用になっている。現金と併用もあるが、数が極端に少ない。カードのみに移行するのだろう。

今回3泊。またかえってくるというと、とても感謝された。
荷物を預かってもらう。いい宿に出会えた。

まちバス112番にのって、メルカド・マヨレオのターミナルへ向かう。ちょっと距離がある。2.5c。タクシーだったら150以上かかるところ。

9時半発のサン・カルロス行きがある。良かった。
8時間の旅。夜行でも良かったな。

出発。なんでこんなに眠いのかよく分からなかったが、気づいたらもうついていた。爆睡。
途中の景色を見とこうと思ったのに、バスに乗っている時の眠気にはどうしてもかなわない。うう。

湖畔の宿。思えばここに来るのは1年ぶり。1年もたったかぁー。
ちょっとあんまり良くない宿だけど、200c。一泊だからいいか。

湖畔で地元の若者とおしゃべり。
ビールを一本。
飯を食う。やっぱりウマい。

ディアブロという外来の魚が増えてて、元からいた魚の卵を食い荒らしているという。ブラックバスみたいな状態。2年前くらいから増えてきている。
捕ったのを投げてもらう。
甲羅のように硬い表皮、ナマズのような顔。草むらに投げても死ななく、自力で水辺まで行くという。ホントかな。でもそれくらい強いようだ。

誰も食べないって。
始末に困っている。

日記2.16

ネットが気になりあまり寝れず。
お朝飯を球場近くの食堂で食べる。ニカラグア、ご飯がウマい。はずれなし。

タクシーを拾ってビルヘン・グアダルーペ地区へ。

午前中は学校へ。
先生はチュレーカ時代をしらないという。
中には入ったことがない。

子どもたちはこの新住宅地に暮らしている。
親はチュレーカにいた。
チュレケーロという言葉がある。他から呼ぶときのちょっと差別的な意味合いと、自ら使うときの自虐を含みながら、そこにある強さへの自負も入っているような卑下してない響きを感じた。

警官の給料が130ドルと。
ニカラグアの最低賃金より低い?

写真を頼りにこの日も歩いてみる。
こっちのことを覚えてくれてるおじさん。
オレンジ食ったよな!色々食べてたらしい。それが印象に残ってるようだ。

分別されたものを買い取っていた業者は商売上がったりになってしまった。この人達だってすれすれのところでやってきてる。写真を見せると、どれもこれも知った顔。あそこで毎日働いてた人同士、仲間意識があるようだ。

この新興住宅地、昔のチュレーカ時代より治安が悪くなっているという。
マナグア中から人が集まっている。なるほど。

博物館、やる気ないなぁ でも工事の過程が見れてよかった。

宿に戻って休憩。

夕方マナグアの中心へいってみる、
古き良き時代的なミニチュア復元市街地、シャープ、日立の看板あり。日本にとっても良き時代だった、のか。あ、KODAKまで。良き時代だったのだな。

日暮れ、お金を下ろす3000c。
宿のおやじがいい。弁護士なんだな。

日記2.15

徹夜になった。
約束してた人が急に連絡がつかなくなった。
しょうがない。

午後、以前通っていたゴミ捨て場の隣にできた住宅街へ行く。
アンラルシア県とマナグア市の共同プロジェクトとのこと。
モデル地区になっているという。
一番目につきやす形の貧困支援。でもそれで救われてる人がいるわけだけど、その影で切り捨てられている人もいる。
境界線に立たされている人たちはどこにでもいる。

日記2.13

  • Day:2015.02.14 06:59
  • Cat:日記
日記がようやく追いつく。
自分用に、忘れないために。

昨日からやや込み入ったやりとりが続く。

朝6時半に起きる。
メールの返信を然々。

朝の市場へ行ってみる。ぐるりと回って、みかんジュースを買って飲む、10C、大盛り。

宿に戻って荷物の片付け、などなど。宿の鍵がないことに気づく。どこを探してもない。トイレやろうかを探してもない。
10時過ぎチェックアウト。鍵が見つからなくて、鍵代を払う。60c。

マナグア行きのバスに乗る。マイクロバス。40c。

マナグアにつく。来る時とは別のターミナル。前の露天で肉を焼いているのを見る。大き目のトルティーヤにかなり大き目の炭火焼き豚肉、キャベツと人参の千切りをその上にのせて、辛いのをかける。やっぱりニカラグアのご飯はウマい。ハズレは今のところなし。飲み物を頼んで60c。

タクシーで宿へ、。70c。これは次は50cでいける距離。

途中、メトロコメルシオなる商業地区をとおる。
華やか。ここがマナグア随一の歓楽街かも。

宿に入る。

明日の約束を確認しよう電話するが、つながらず。
アイスを食う、12c。

しばらくして、メシを食いに行く。
ちょっと高いけど、ボリュームと種類の豊富さと味が抜群。
フルーツジュースをつけて110c。

明日までにやることが結構たまり、宿にこもる。
暑い。

あ、洗濯物の中から鍵が、、、  

日記2.09

  • Day:2015.02.14 06:40
  • Cat:日記
ニカラグア二日目。以下FBから転載、一部訂正、加筆。

10年と半年ぶりにニカラグアの首都にあるゴミ捨て場に行ってきました。
↓ これが2004年に撮った写真。
http://daisukepp.blog116.fc2.com/blog-entry-197.html
https://www.facebook.com/daisuke.shibata/media_set?set=a.10151283732416798.521995.779301797&type=3&pnref=story


ここにいる人たちは、ゴミ捨て場に隣接する場所に集落を作り、「ゴミ」として運ばれてくるものから再利用できる金属、プラスチック、瓶などなどを分別・回収し、毎日夕方来る業者に買い取らせて生活をする労働者たちでした。


今回行くと、状況は全く変わっていて、場内でこのような形で働く人はいませんでした。こういった形で働くことが禁止されたとのことでした。


ただ、昔いた人たちの多く(希望者)が、ここの入り口の管理や場内に来るゴミ収集車の誘導、その他の仕事を割り振られ、また、場内にあった集落は、政府の援助で近くに移され、住居が与えられたと聞きました。

と、いうこともあったのですが、嬉しかったのは、10年経って、まさか僕のことなど憶えてないだろうと思ったら、意外や、結構覚えてくれていてる人がいて、「おぉ、あの時一緒にメシくったよな!」と、当時、「ゴミ」として運ばれてきたピザを差し出してきた子どもが立派な大人になってそこにいました。


僕は当時、「あぁ これは試されてるな」と思い、腹を決めてそのピザと、同時に差し出されたあったかいペプシを飲んだことを今でも覚えてます。


僕は初め彼らを恐れていたのですが、それを食べ、飲んだ辺りから、何かの壁が取っ払われたのを感じた記憶があります。でも、今日の感じだと、単におすすめしてくれただけだったのかも。


それから一ヶ月そこへ毎日通ったものでした。色々なことを含めて、強い青春の思い出でもあります。


それと、今日僕が持っていった写真の中に女の子のものがあったのですが、入り口の若者に見せると、「おっ、それおれの嫁さん」と言うではないですか。彼も当時そこにいたそうです。今では立派に入り口の管理をしてました。

10年の時の流れとは、かくも大きなものかと思ったところです。
恐ろしいです。

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日記2.10

  • Day:2015.02.14 05:25
  • Cat:日記
朝マナグアを出発。6時半。

この宿はとてもアタリ。宿主さんの自宅と続き、3部屋の小さな民宿。知り合いの紹介以外の人は泊めないらしい。僕は宿主さんのお姉さんのところに行ったら満室で、ここを紹介された。

広い個室で10ドル。ネットの繋がりもいい。ラッキー。
何より、信用できる宿に当たると大きい荷物を預けられる。
マナグアには知り合いがいない。幸先が良い。

タクシー拾ってターミナルへ。100c。
バスでリバスへ。60c。
リバスから目的の海辺へ。行こうと思うが情報がなく、タクシーを使う。これはターミナル中の人がグルとまでは行かないが、やはり観光客からはお金を取らねばというのがあるのだろう。バスがあったのにないと言われタクシーに。
30ドル。

ニカラグア、結構米ドルと自国通貨が併用されているようだ。
どっちでも行ける。この先どうなるのかな。

目的地となる場所の近くに到着。宿を取る。
歩いてみる。自家製のアイスを売ってる家で
一つかう。5c。こどもが可愛かった。

ちょっと贅沢な夕飯を食べる。魚定食。130c。

夜ビール。うっ40c。普通の2倍以上、、店は選ばねば。

寝る前に明日のための水とビスケットを買う。60c。雑貨屋は安いのだ。



日記2.11

  • Day:2015.02.14 05:04
  • Cat:日記
太平洋岸の小さな集落

夕方には真正面の産みに太陽が沈んでいくのが見える。その早さに驚いたが、それは唯自分が知らなかっただけで、太陽が急に早くなったわけではない。

朝6時半に出発。聞いた距離だと15キロ。順調に歩けば3時間でつくか。

途中から聞いていたよりも距離が有ることに気づく。
太陽が昇るとやはり暑い。

通りに大きなマンゴーの木。回りには誰も住んでないし、帰りにちょっといただいてしまおうと目をつける。

目的の浜に到着。
日陰で休む漁師さんたち。「今日は海が荒れてる」

海に注ぐ川の口にはマンゴーの大きな森。
その片側を、海から湧き上がったのであろう岸壁が地層を露わに切り立っている。

空気は極端に乾燥している。

若い漁師さんが案内してくれる。人の入らない丘を登り絶景スポットへ。
話していると彼は38歳のグアテマラ人。昔、何年も北中米を放浪。11年前にニカラグアで今の奥さんを出会い腰を落ち着け、奥さんの家族と漁を営んでいる。

仕事用の小屋で一休み。彼の奥さんがお昼を出してくれた。
お米、フリホール、魚フライ、カニのスープ。お腹いっぱい。

近くに軍のベースキャンプ(と言っても4人くらいしかいない)があって、午後に町に何時も車が出るからと、それに乗っていこうとするが、うっかりしてたら行ってしまった。

歩く。2時間歩いてマンゴーの木へ、石を投げて2個落とす。
乾ききった喉にささやかな潤い。

少し歩いて雑貨屋。コーラを飲む。
もう少し先にもう一件。またコーラを飲む。
そこの息子が、イグアナを3匹採ってかえってきた。

バイクを持っていた。乗せてもらう。歩くと、宿までここから3時間。さすがにきつい。
ビューンととばす。30分位で着いた。気持ちを払う。

夕日が沈んでいく。
食欲もなく、水を飲む。

10時就寝。


日記2.12

  • Day:2015.02.14 00:49
  • Cat:日記
海辺の集落から移動。
バスを乗り継ぎ、グラナダという古都へ。ここで一泊。
ニカラグア湖の湖畔の歴史ある町は多くの観光客が訪れる。

首都マナグアよりも洗練された雰囲気があり、こじんまりとまとまっていて落ち着く。

たまたま泊まった安宿は、なんか雰囲気あるなと思ったら、1903年に立てられた元ホンジュラス大統領の家だとか。どういう歴史があるのかはよく分からなかった。でも一泊8ドル。

ニカラグアはご飯がうまい。味も豊富。魚介類も食べられるし、肉もいい。

今のところ、どこに行っても灼熱。皮膚が焦げているのがわかる。
ビールがおいしい。

今日はマナグアに戻る。グラナダ、観光でまたこれたらいいなぁ。

ニカラグア2

焼けるように暑いマナグアを歩いていると、口に入った水分はあっという間に汗になります。もしかすると、汗になる前に蒸発してるんじゃないかというくらい、すぐに喉がカラカラになります。

10年前、ある方とニカラグアのスラムを歩いていました。
僕はひょこひょこと、置いていかれないようその人の後ろをついて歩いていました。
その日も今と同じように、真っ青な空から遠慮を知らない太陽が、日差しをガンガン照らしつけていました。

カラカラの喉を潤すために、スラムにあった雑貨屋に入りました。入り口の日陰に、確か3つくらいのプラスティック製の椅子とテーブルのセットが置いてあり、2人で冷たいコーラを飲みました。覚えてはいないのですが、最初の一口で半分以上減らしたような気がします。

店の中に、どでかいジュークボックスがありました。
そこからやけにロマンティックな音楽が流れていました。
その横のテーブルに座っていた、多分地元のカップルが、テーブル越しに方を寄せ合い熱いキスを交わしていました。
僕はそれに見とれて、ぽかんと口を開けていると、後ろから「チッチッチ」と細かくした打つ音が聞こえました。振り向くと、僕がついて歩いていたその人が、カメラを構えていました。そのカップルを狙っていたのですね。口を開けて見とれていた僕が邪魔だったわけです。

なるほど、と思いつつ、コーラを飲み干したわけですが、今もそのシーンが頭に焼き付いています。
あれは何の曲だったんだろう。正確な場所は忘れてしまったんですが、灼熱のマナグアを歩いていてパッとその場面が蘇りました。

その後、その時の写真を見る機会がありました。
とても色っぽかったです。

ニカラグア

ニカラグアに来ました。
安いチケットを組み合わせたら、乗り換えが6回、ほぼ2日の道のりとなりました。
おかげさまで、寝てばかりだったので時差ボケは何時もより軽いようでした。

10年ぶりのニカラグア。(去年は通過だけだったので実質です。)
首都マナグアは日が昇り8時を過ぎると汗が垂れるほどの暑さに包まれます。
外を歩くとあっという間に皮膚が焼けるように暑くなります。
緑のやけに多い首都の中心を、暑さを感じながら歩いていると、10年前の記憶が一つ一つ蘇ってきました。

月末まで滞在しています。