コロンビア先住民族-4

4・尊厳のための戦い -「種をまく活動」


二〇〇七年十一月二十二日の夕方、カウカ県のトエスというナサ族のコミュニティーに、カウカ県の北部に暮らす先住民族が集まった。目的はコミュニティーから二、三キロほど南に位置する大農場に侵入し、そこで栽培されているサトウキビを引き抜き、先住民族にとって主要な作物であるトウモロコシやフリホール(豆)、プラタノ(バナナ)の種を蒔くことだ。
 日が暮れる前にあたりを見渡すことができそうな小高い丘に登った。トエスは肥沃なバジェ平原の東端にある。コミュニティーの背後から奥深くせせり立つ中央アンデスの山並みが、平原へと沈んでゆく夕日によって赤く染められていた。目の前の平原に明日向かう農場はある。

 この日は簡単な打ち合わせの後、コミュニティーごとに持ち寄った食材を炊き出し夕食を済ませ、学校の教室やテントで眠りについた。
 翌日は朝六時頃目を覚ます。同行しているグループの人達と近くを流れる川で水を浴びた。寝起きのボーっとした頭に冷たい水が心地よい。朝飯は山盛りのご飯に揚げたプラタノ、刻んだネギと卵の炒め物。質素だが大勢で食べるご飯はとてもうまい。これから行動を起こすとは思えない和やかな雰囲気だ。午前中に始まる全体集会も一時間遅れて始まる。
 集会の後は、コミュニティーごとに農場の前を通る幹線道路を封鎖するグループと農場内に侵入するグループの二班に分けられる。この頃から次第に皆の空気が変わっていった。
 今回の行動では警官隊との衝突が予想される。怪我人、死者が出る可能性もある。実際過去に行われた同様の行動では、警官隊との衝突により多数の負傷者や死者が出ている。
 準備が進むにつれ緊張感が増していくのが感じられる。催涙ガスを中和するためのレモンを木からもぎ取る、ペットボトルを改良したガスマスクをチェックする、マチェテ(鉈)で切った木の形を整えシンボルのバストン(杖)を作る、トウモロコシの粉を炒った黄な粉のような物や、パネラ(ブロック状の黒砂糖)を砕いて携帯用の食料をを用意する―。農場で日が暮れてしまったときに仲間同士を確認するための合言葉がナサ族の言葉から用いられ、リーダーから伝えられる。医療班はトエスに残り不測の事態に備えている。
 
 昼食後行動が開始される。私は農場へ向かう班に同行する。幹線道路の封鎖に向かう友人の男性と別れ際に抱き合い、硬く握手を交わした。そこにいる人間たちの間には、私がこれまで感じたことのない強い一体感が生まれていた。
 農場へのルートは、幹線道路を使わず山道を大きく迂回して行く。獣道を走るように一列で進む。山での生活で鍛えられた彼らの足には付いて行くのがやっとだ。昨夜降った雨のせいでぬかるんだ地面に何度も足を取られそうになる。農場へは幹線道路を使えば二十分程度の距離だが倍以上の時間がかかった。
 農場を囲む鉄線を切断し中へと入る。目の前が一気に広がる。だだっ広い空間に居場所の定まらない不安感を覚える。皆無言である。トエスを出発したとき晴れ渡っていた空が、今は嘘のように黒く低い雲に覆われている。
 農場では手前のほうに膝丈ほどのサトウキビ、奥には背丈ほどに育ったものが広がっている。左手の奥に、大きな木に囲まれた一軒の家がある。銃を手にした二十人ほどの兵士がその家を警護している。兵士の隙間からは、その家の住人と思われる人が不安げにこちらを覗いている。
 先住民族のリーダ-が家に近づき、兵士と話している。やがてこちらに戻ってくると、「軍は何もしない。家には絶対に手を出すな」と皆に向かって言った。
 冷たい風が吹き雨が落ちてくる。その時、農場を貫く一本の農道の向こうからゆっくりとこちらに近づいてくる一団が目に入ってくる。その中の一人がカウカ先住民族のシンボルである、赤と緑に二分された大旗を担いでいる。徐々に強さを増す風が大旗をなびかせている。
 大旗は家の前へ立てられた。その時、緊張感を破るように先住民族の若者数人が叫び声をあげながら、渾身の力でマチェテ(鉈)を振りかざしサトウキビを狩り出した。
 まもなく警察、軍それぞれの代表者が先住民族の前へ現れた。彼らは、「事を荒立てると対抗措置を取らざるを得ない。ハピオのような事は繰り返したくない」と言う。
 ハピオとは、二〇〇三年に今回と同様の行動が行われた農場の名前だ。そこで起きた警官隊と先住民族との衝突で、先住民族の男性一人が死んだ。またある男性は、催涙ガスの広がる中警官隊に捕らえられ、その場で人差し指を爪の真ん中から、中指を第二間接から鋏で切り落とされた。ガス弾を目に受け失明する者など負傷者も多数出た。

 話し合いは決裂した。警察、軍の代表者が去っていくと間もなく武装した警官隊が催涙ガス弾を発砲しながら農場内に押し寄せてくる。瞬く間にガスが農場内に広がっていく。先住民族は警官隊に投石で対抗しながらサトウキビを引き抜き、彼らを象徴する種を蒔き続けた。

 同様の行動は以前より行われている。
 一九九一年十二月、トエスから北に五キロ程のところにあるニロと言う農場では、活動していた男女二十名の先住民族がパラミリタール(右派準軍民兵組織)によって虐殺されている。大土地所有者など裕福な者が、自らの利権を守るために民兵組織と手を結ぶと言う事が言われている。さらに、政府関係者と民兵組織との関係も取りざたされている。
 二〇〇六年十二月には、マリアピエンダもと言うコミュニティーの近くを通る幹線道路を先住民族が抗議のために封鎖した。このとき駆け付けた警官隊によって一人が射殺されている。
 なぜ彼らは危険を冒しながらも行動し続けるのだろうか。
 その理由に、前述したコミュニティーの土地の不足が挙げられる。非生産的な土地が大部分の山間部では、人口の増加に伴い一人当たりの土地が年々減り続けている。
 さらに今内戦状態のコロンビアで、ゲリラが活動しているのは主に山間部だ。そこでは軍、警察とゲリラとの間で頻繁に戦闘が起きている。巻き込まれて犠牲となる住民が後を絶たない。また、ゲリラと間違われる事や関係を疑われ殺害されるケースも起きている。こういった中で避難民となり住む場所を追われる人達のための移住先が必要とされる。 
 山に新しく生活する場所を見つける事は難しい。県内北部に広がる豊かな平原に目を向けると、そこには広大な土地を占有する大農園が存在している。彼らは行き場を求めている。

 もう一つ彼らには戦う大きな理由がある。
 先住民族は、スペイン人が侵入して以来五百年間にわたって虐げられてきた歴史を持つ。彼ら強いアイデンティティーの基に結びつき行動する。それは自分自身を守るために必要だと歴史の中から学びとったことなのだ。行動する事、戦う事は自身の存在を証明し、社会に対して現状を訴えメッセージを送ることとなる。
 彼らの願いは、自分たちの持つ歴史、文化を背景にした価値観の中で、自身の手によって社会を運営してゆく事である。
                                                             ~つづく
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コロンビア先住民族-3

3・伝統的農業と新自由主義経済


 コミュニティーで生活する先住民族は農業を経済の中心としている。彼らの農業は家族単位で畑を持ち、農薬、化学肥料を使用しない。大規模に生産している大農場とは対照的だ。
 「白人(大土地所有者)は土地を殺している」という言葉を聞いた。先住民族の自然観がよく表れている。大農場では化学肥料を使い、農薬を空中から散布している。それによって伝統的な農法で育てるよりもより早く効率的に収穫することができる。しかし、それによって土地は確実に痩せていく。土を手にとってみればその違いがよくわかる。山で感じた土臭さを大農場では感じることができない。
 先住民族は大地との繋がりを重要視している。人間は自然の一部であり、自然がなければ生きることができない。大地に無理をさせても結局は人間にそれが返ってくる。農薬、化学肥料を使わなくても同じ場所を長年使用すれば、その土地は自力を失う。しかし、それはいくつかの畑を交互に使い土地を休ませることで回復することができる。四季のない地域であっても、毎年決まった時期に種をまき、収穫を迎える。そういった自然の流れの中で作物を育てている。
 主な収入源となっているコーヒーにおいても、農薬、化学肥料を使うことはない。山の急斜面に広がるコーヒー畑では除草剤を使わないので、すぐにコーヒーの木が隠れてしまうくらい他の植物が生茂る。早朝から夕方まで家族が一列になって、斜面にしがみつく様にして雑草を刈り取っていく。決して楽な作業ではない。苗を植えてから収穫まで三年がかかる。大農場ではこれが一年で収穫することができるらしい。
 山ではほかにトウコロコシ、プラタノ(バナナ)、フリホール(インゲン豆)、ユカ芋、ジャガイモ、ニンジン、ネギ、サトウキビと言った土地に根付いた作物が作られている。アンデスが原産のジャガイモは、その種類の豊富さに驚く。これらは自分たちの食べる分と、市場で売り現金収入に当てられる。
 しかし、伝統的な農法に頼る彼らの農業の置かれている状況はとても厳しい。今アメリカを中心とした先進国によって推し進められている新自由主義経済によって、生産効率を求め遺伝子組み換えされた種、大量生産された安価な作物が流れ込み、農作物の価格が崩れ、土地に古くからある多様で自然に根ざしたものは競争することができない。農業を生活の糧とすることがますます困難になっている。こういった背景の中、麻薬の原料としてコカ、ケシの栽培に手をつける農家がいる。これについては、麻薬を資金源とするゲリラや軍事組織の存在があり一概には言えないが、農業が置かれている現状も大きな要因となっている。まとまった収入源として期待されるコーヒーは年間に二度収穫できる。これに対しコカは三度の収穫期を持つ。そして価格変動の大きなコーヒーに比べ安定しているコカは、それだけでも生活する上で大きな魅力となる。コカは実入りが多く安定している。しかし末端の農家の下に入る収入は、それだけで一つの家族が満足に暮らせると言う額ではない。他に比べればよいと言う程度だ。一度コカ栽培を始めると、それまで作ってきた他の作物を放棄しそこにコカ植えていく。コカ農家はそれが良い事だとは思ってはいない。後ろめたさを感じながらも生活する上で手放すことができない。軍や警察に見つかれば根こそぎ取り除かれていくが、それでもまたその場所にコカを植えていく。
 
 コロンビア産コカインの一番のお得意様はアメリカだ。アメリカはコロンビアの麻薬撲滅のために大量の物資、資金を提供している。しかし、そのアメリカが推し進める新自由主義経済によって先住民族の農業は成り立たなくなろうとしている。
 先住民族にとって農業は社会の中心にあるものだ。その問題は、現金収入を得るということ以外に、彼らのアイデンティティーにかかわる問題であるとも言える。
                                                             ~つづく

コロンビア先住民族-2

2・大土地所有に圧迫される先住民族


 今からおよそ五百年前、アメリカ大陸にスペイン人が侵入してきた。侵入者の手によって、次々に各地の民族が征服され、それまで暮らしていた豊かな土地を追われていった。
 コロンビアを含めラテンアメリカ諸国ではその時以来今も同様に、一握りの人間がその国の大部分の土地、富を握っている。そして、植民地化されていく過程で「先住民族」呼ばれていった民族は搾取され、湿地帯や山岳地帯といった厳しい環境での生活を余儀なくされている。
 
 カウカ県においても同様のことが言える。
 
 県北部からバジェ県にかけて、広大なバジェ平原が広がっている。ここは大昔広い湖があったため数メートルの肥沃な土が堆積している。年間を通して温暖な気候もあって、「何を植えてもよく育つ」非常に農業に適した土地を持つ。ここには、一部の人間である大土地所有者による大規模な農園が広がっている。
 一方、バジェ平原の東端からせせり立つ峻険な中央アンデス山脈には、多くの先住民族がコミュニティーで暮らしている。

 現状を数字で見ると、より鮮明に状況が浮かび上がってくる。
 IGAC(The International Global Atomosperic Chemistry),INCODER(Instituto Colonbiano de Desarrollo Rural)の二〇〇三年時点での報告によると、土地所有者の約四〇パーセントが、県内の二パーセントの土地を分け合っている。そして、わずか三パーセントの土地所有者が、県内のほぼ半分の土地を所有している。さらに、県内の二十五パーセントの土地を分け合う〇.五パーセントの人々が所有する土地の個々の広さは、百ヘクタール以上(東京ドームの約二十一倍)以上となっている。この中には、千ヘクタール以上の土地を持つ、百五十七人が含まれる。反対に、四十パーセントの人々は、それぞれ一ヘクタール以下の土地しか持たない。
 次に、先住民族コミュニティーに目を移す。カウカ県内における先住民族コミュニティーの土地は、総計で五十四万四千九百一ヘクタールである。これは主に山間部にあり、県全体の約十八パーセントである。しかし、その中で実際に生産性のある土地は、十九万千二百三十七ヘクタールしかない。コミュニティーの土地全体の三分の一である。残り三分の二は非生産的な、農作物の育たない高地パラモ、開拓することの難しい沼地、山、森である。生産性のある二十一万八千百六ヘクタールの土地が、山間部に暮らす先住民族にとって最低限必要とされている。
 カウカ県内の二十パーセントが先住民族である。その人々が、県内の十八パーセントの土地のさらに三分の一の地域で生活をしている。そこでは年々人口の増加に伴い、一人当たりの土地はさらに減り続けている。
                                                             ~つづく

コロンビア先住民族-1

まだ自宅にネットが開通してないので、ネット屋でカタカタしてます。しかし寒くなってきたなぁ。ここ何日かは天気もよくてキリリとした空気とカラリとした日差しが最高です。

ラテンアメリカ協力ネットワークというところが発行するニュースペーパーの9月、11月号にコロンビアの記事が使われました。多くの方に読んでもらえたらと思いブログのほうにも転載したいと思います。
紙面では、パージ数の関係などで多少カットされていますが、こちらには原文のまま載せたいと思います。

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コロンビア先住民族


 南米大陸の北西に位置するコロンビアはコーヒーの産地としてよく知られている。しかし、地球の縮図といえるような地形、気候、民族の多様性を持つということはあまり伝えられていない。
 日本の約三倍にあたる十一万三千九百平方キロメートルの国土は、太平洋岸、カリブ海岸、南北を貫く三本のアンデス山脈、アマゾン地方、オリノコ地方と大きく分けて五つの自然区分に分けられる。それぞれの地域は、熱帯のジャングルや草原地帯、万年雪が覆う五千メートル級の山々と実に彩りが豊かだ。そして、その多様な自然環境に適応しながら咲き誇る花々のように、各地に先住民族が生活を営んでいる。
 コロンビアには現在八十を超える先住民族が生活をしている。全人口に占めるその割合はおよそ一パーセントといわれる。しかし、コロンビア南部のカウカ県では、県内で生活する先住民族の合計が県民全体の二〇パーセント以上を占めている。彼らのほとんどは、県内の大部分であるアンデス山脈内のコミュニティーで農業を中心とした生活を送っている。


1・先住民族コミュニティー
 
 二〇〇六年一二月、県内北部のハンバロというナサ族のコミュニティーを訪ねた。先住民族として活発な活動をしているという情報を頼りに、ハンバロ行きのピックアップトラックの荷台に乗り込む。乗り合わせた人に泊まる場所について聞くと「宿なんてないぞ」という答えが返ってくる。山奥へと続く未補足の道路を揺られながら、何のつても持たずにきたことに不安がよぎる。
 三時間近く走ってようやくハンバロに到着する。さてどうしようかと考えていると、同乗していた夫婦が私の荷物の一つを持ち、「付いて来い」と先を歩いてゆく。そのまま彼らの自宅に通された。一室に私の荷物を置くと、「この村に来た日本人は初めてだし、生で見るのも初めてだ。ここのことを知りたいのなら、この部屋に寝泊りをしてやったらいい」と言う。思いもよらない展開に驚いてしまった。しかし、こんなにありがたいことはない。その言葉に甘えさせてもらった。それからこの家を拠点に、周辺の集落や村へと行くことになる。これが私とカウカでの先住民族との出会いだった。
 ハンバロで過ごした初めの一週間は、毎日違う家庭から食事に招待された。それは嬉しい反面、戸惑いもあった。しかし彼らののどかで温かな空気、他所者でも受け入れる懐の深さに引き込まれた。そして知れば知るほど、そこで暮らす人間同士の距離の近さ、絆の深さに心が揺れた。これが共同体という社会なのだろうか。
 あるコミュニティーで、その年一年をどのように運営していくかを話し合う会議が開かれた。三日間にわたって、教育、経済、医療等さまざまなことが話し合われ、コミュニティー全体からも多くの人たちが集まった。学校は休みになり、子供達もノートを手に一生懸命話合われている内容を書き込んでいる。一つのコミュニティーでも標高三千メートル以上から千五百メートル以下まで広がっている。道の悪いところが多く、車を使っても端から端まで七,八時間を要する。その日会議が開かれた場所へは日帰りできない人がほとんどだった。そのようなときは、会場となる地区の住民が訪れた人たちに炊き出しを行い、自宅の空き部屋や学校の教室を寝起きする場所として提供する。もちろん費用は取らない。これ以外でも祭りなどのイベントがあるときには、同様に会場の地区の住民が訪れる人たちをもてなす。コミュニティーが一体となって「おらが村」を作っているようだった。
 また別の場面では、ある男性が山道をバイクで走行中、事故で大怪我を負い、そこから丸一日かかる都市の病院へ運ばれた。しかし、ただでさえ高い治療費を払わなければならず入院費まで賄うことができない。その時、病院のある都市に住む同じ村出身の人が男性に部屋を貸してくれた。コミュニティーを離れて生活する人も多いが同郷人同士のつながりは切れていない。その後、怪我の状態が良くなり通院の期間がひらいてからは、病院のある都市の隣町に暮らす彼の娘のアパートに移った。私も何度か見舞に訪ねたが、いつも同郷のお客さんと明るく談笑する姿が見られた。
 普段の生活の中でもちょっと誰かの家を訪ねるとコーヒーとパンが出てきて、ついつい長居してしまう。誰もがフラリと他所の家を訪ねていける雰囲気がある。

 人と人との結びつきの強さが彼らの社会の基本にある。その社会は、彼らの長い歴史の中で生活の中心となっている農業からおこった。農業を中心とした生活の中で、自然・大地との付き合い方、人間関係、文化、価値観、社会が生まれた。自然は彼らにとって切り離すことができないものだ。空から降った雨が大地に降り注ぎ、その水によってあらゆる生命が生かされる。大地に育った動植物を食すことで人間は生きることができる。全ては繋がり人間もその一部でしかない。

 先住民族と自然との繋がりを薬草から見ることができる。薬草に対する彼らの知識は非常に豊かだ。薬草は山に自生しているし家庭でも栽培されている。今、世界中で使われている薬の多くは、ヨーロッパ人が新大陸(アメリカ大陸)から持ち帰った先住民族が使用していた薬草の知識が基になっているという。神官でもある伝統的な医師は、コカの葉を噛み自然に祈りを捧げながら患者の症状に合わせた薬草を処方する。コカは彼らの精神にとって最も重要な植物のひとつだ。
 ナサ族コミュニティーでは、薬草について学校で実際に栽培しながら子供たちに教えている。また、次第に消えつつある彼ら独自の言語を民話を用いて教える授業が設けられている。
 先住民族のコミュニティーでは学校の授業の中で、それぞれの独自の文化、価値観を子供たちに伝えている地域がある。
 アンバロ族のコミュニティーでは、政府から与えられる歴史教育のカリキュラムを拒否し彼らの目線から見た歴史教育を行っている。
 教育現場でのこうした努力も、民族の文化やアイデンティティーを守り、社会を支える基となっている言える。

 今では山間部においても殆どの人が携帯電話を持っている。各家庭にはテレビやDVDプレイヤーがあり、少し大きな村に行けばどこかに必ずインターネットに接する環境がある。あらゆる情報がほぼ都市と変わることなく入ってくる。それでも彼らは自らの伝統を持ち続け、価値観を大切にし日々の生活を送っている。出会った人達は、自分たちが先住民族であるということに強い誇りを持っていた。

 人と人、人と自然との豊かな関係、自身に対する誇り、これらが強く鮮やかに私の心に焼き付いている。

                                                          ~つづく














  • Day:2008.11.20 09:18
  • Cat:日記
久しぶりの更新となりました。
先月初めから都内で生活を再開しました。
また以前のように池袋近辺です。
トキワ荘も何やらこの近くだったらしいけれど、うちも負けず劣らずといったところです。これでもいろいろ物件を見て回って決めたところなので、結構お気に入りの家です。
これからも一歩一歩前進していきたいです。いや、しなければいけません。

10月は偶然まわりでも新生活を始めていく人たちが相次ぎました。新しい出会いもありました。親友と再会(んな大袈裟な?)もありました。ふと気がつくと目線はいつも自分自分へと向いていてしまってます。足元ばかり見ていると自分で自分を縛っていることに気がつきません。外を向いているとき自由になれる気がします。話がどっかに飛んで行ってしまいそうです。ひとりごとはいつもそう。
お近くにお越しの際にはぜひご一報を!粗茶など用意して待っております。ではでは。
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