日記 3月21日


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「おい、ちょっと待て。俺にも撮らせろ」
最近は、撮ってる側が撮られる側にもなる。
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日記 3月18日 卒業式

コロンビアに来て、初めて訪ねたナサ民族の村で僕を拾ってくれ、何も知らない僕に、いろいろ教えてくれた家族
その長男が専門学校を卒業した。WEBデザインを学んだとのことで、教えを乞うている。
卒業式&パーティーに招待してくれた。ただ招待状が2名分しかないのを知らなかったらしく、彼の父親が泣く泣く僕に譲ってくれた。本当に泣く泣くという感じで申し訳なくなった。

おめでとうハネル。

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日記 4月18日

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九州での地震のニュースを、1日遅れでネットで知った。

5年前の震災で、僕は直接大きな被害を被ったわけではない。それでも大きな揺れや、目にした映像を思い出し、パソコンの画面に映る九州の被災状況の写真を見て息が荒くなった。まだ直接お会いしたことはないが、共通の知人が複数いることからSNSでやりとりがあった方が、大きな被害が出た町に住んでいる。SNSの更新が止まっていて心配が高まった。数日して無事でいらっしゃることがわかり、安心した。

場所が変わって、エクアドルでも大きな地震があった。その時僕は、コロンビア南部の標高3000mほどのところにあるヤナコナ民族が暮らす小さな町にいた。二つの川に囲まれた切り立った丘の上にある。後ろには標高4580mの火山Sotaraがそびえ、冷たい風が朝晩吹き降ろしてくる。

泊めてもらっていた知人の家で、晩御飯を食べている時だった。天井に吊ってある人形が小さく揺れ、窓がわずかに音を立てた。僕は全くわからなかったが、家の人たちが揺れに気づいて外に出た。「揺れてるぞー!」と、揺れの小ささに比べて大袈裟な驚きようにおかしさを感じた。

2階にテレビを見に行った父親からエクアドルで被害が出ていることを聞いた。
食事の後、インターネットを置いている自転車屋でその被害を見た。エクアドルの知人と連絡を取る。首都でもかなり大きな揺れだったようだが、無事だった。

こちらも被害が広がっている。





日記3月3日 移動

昨夜は  これまで行ったことがなかったコロンビアとの国境 CHICALで一泊。小さな町。国境には50m程の木製のつり橋がかかっているだけ。エクアドル側で市が立つ週末にはこの橋を渡ってコロンビアからも人が集まるという。ここへ来るバスは、TULCANと、IBARRAから一日に一本ずつ。夕方について、翌早朝にでる。週末は複数ある。

そこをでた足でLITAへ。
先週会えなかった人に会う。午後、雨が強くなり、もう一見たずねるつもりだったが次回に。
IBARRAに戻り、LAGO AGRIOへ。直行が明日朝なので一旦首都へ戻る。夜10時15分発のチケットを買う。
翌日6時につく予定。12ドル。

意外と高く、遠かった。

明日にはコロンビアに入る。こちらも初めての国境。

日記3月2日 エクアドル

先週の月曜からエクアドルにきている。以前から付き合いのあるコロンビア人を訪ねている。一日に何人かに会おうとすると無理が出るのは分かりきっていたこと。自宅を訪ねれば「泊まっていけ」といわれ、一晩、二晩世話になっている。

昨日の晩に、北部のイバラという町に来た。前回来たときに見つけたバスターミナル近くのホテルに泊まった。一泊12ドル。今朝早いバスで移動しようと思っていたが、なんだか動けなくなってしまった。たまに出るダラダラ病。気がつくともう午前10時半に近くなっている。そろそろ腰を上げないと。

そういえば、まだ一週間しかたってないのか。なんだか嘘みたいだ。
朝飯を食べて、バスに乗ろう。

さて。