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NHKBS1「 国際報道2018」 に出演しました

NHKBS1「 国際報道2018」 にて、コロンビアでの取材報告をさせていただきました。

和平合意から2年、FARCの武装解除から1年がたったコロンビアで、「和平」からこぼれ落ちる地域の話です。

放送内容のダイジェスト版がサイトにアップされました。
どうぞご覧ください。

https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2018/09/0905.html
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【写真展のご案内】「Voces de Nuestra Tierra ~故郷の声 コロンビア先住民族」

【写真展のご案内】
「Voces de Nuestra Tierra ~故郷の声 コロンビア先住民族」

期間:8/30 (火) ~9/5 (月)  10:30~18:30(最終日は15:00まで)
入場無料 会期中無休
場所:新宿ニコンサロン 〒163-1528 東京都新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階 


期間:11/10(木)〜11/16(水) 10:30~18:30(最終日は15:00まで)
入場無料 会期中無休
場所:大阪ニコンサロン 〒530-0001 大阪市北区梅田2-2-2 ヒルトンプラザウエスト・オフィスタワー13階


8月から9月と、11月に、写真展をさせていただくこととなりました。期間中は毎日会場にいるつもりでいます。
お時間ございましたら、どうぞお立ち寄りください。
宜しくお願い致します。

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コロンビアに通い大分経ちます。日常にない刺激や、好奇心を満たすことが最初の動機でした。沢山の場所と人々に出会いました。20代後半からの僕の生活は、この人と場所に再会することが中心でした。
僕にとっての日常は日本にあります。日々の生活の中でふと思い出します。雨にぬかるむ山道の匂い、晴天の日の風に揺れる木々の葉音、路地に漏れる子の泣き声、まとわりつく湿気、心触れ合わせた人たちの体温—。そんな時、叫び出したいような胸の高鳴りを覚えます。そして、「また会いに行きたい」と思います。
コロンビアは52年に及ぶ内戦の中にあります。極端な社会格差是正を求める反政府ゲリラと政府軍の争いは都市から遠く離れた地で続きました。僕が出会った人々も、その中で暮らしてきました。鶏の鳴き声、服を手洗う水音、コーヒーを片手に交わす人々の会話、日常の音に混じり、時折、銃声、爆発音が山に響きます。
忘れられない一つの風景があります。山奥の集落で学校に居候していたある日の午後。洗濯物を干し終え、授業のない無人の教室で僕は一人でまどろんでいました。山から木を切り出すチェーンソーの音がうっすら聞こえていました。その時、大きな爆発音が山を揺らし、山一つ向こうの谷から煙が立ち昇ります。一呼吸おいて、衝撃波が、うねりとなって森の木々を揺らし近づいてきます。恐怖を感じる前に僕の膝は震えていました。
我に返ると、鳥のさえずりと風の音が耳に入ってきました。そして、チェーンソーの音が、何事もなかったように、山に木霊していました。日常の音です。外から持ち込まれた暴力にも侵されない日常でした。人々の強い意志を感じました。
日々の生活に派手なことはありません。淡々と繰り返される日常こそが、何より大切な守るべきものなのだと僕は感じました。
長すぎた、間延びした内戦が終わりを迎えようとしています。今も繰り返す、外からは見えない日々の暮らしを記録しました。
遠い場所にある、僕と変わらない人々の姿を見ていただけたら嬉しく思います。

2月4日 歴史的記憶の家

夕べは寝落ちしてました。
気がついたら、布団をかぶらずに明け方4時。いくら昼間暖かいとはいえ、そこは標高2800mのボゴタ。冷えました。
二度寝して7時に目が覚めた。時差ぼけは抜けたようです。

昼間、もろもろ日本とやり取り。冷や汗。
コロンビアの人で連絡がつかなかった人とやっと繋がった。「何だお前、くる前に連絡しろよ」って、連絡してたのにいつも電波入ってなかったじゃん。でも来週には訪ねられそう。気分があがる。

午後4時、雨が降る。

小降りなので歩いて出発。某日本食やで密会。
久々の人に色々はなしを聞こうとしたが、店主の話を聞く会に。織り込み済みです。
満腹定食。持参した焼酎で満足。同席したコロンビアの若い人も交えておしゃべり。

帰り道、各地で作られている、紛争の歴史を記録した『歴史的記憶の家』の話になる。
中には行政主導のいかにもな箱ものもあるという話。一方で多くは犠牲者遺族が中心となり造られたものだ。僕が訪ねた所はそうだった。壁一面に持ち寄られた亡くなった人たちの写真が貼られている場所、犠牲者一人一人の名前が書いたノートが用意され、訪れた人、親族がそこへメッセージを書いていくもの、展示施設で家族に犠牲者を持つ女性が助け合い編み物を教え合うものー。  それぞれに色がある。

地方に行くと、あまりにも沢山の人が死んでいったことを知る。激しい時期をくぐり抜けた所(農村が多い)では、親族の誰かしらに犠牲者がいたり、その暴力に関わっていたりする。僕はその人たちが、身近すぎた(身近すぎる)死とどう折り合いを付けて今を生きているのか、どうしても分からなかった。自分がそこに身を置き長い時間をともに過ごしても、距離が近づけば近づくほど分からなくなる。

自分と関係のない所で始まった戦争が、自分の意志の及ばない所で終わろうとしている。
皆、どう思っているんだろう。

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CASA DE MEMORIA HISTORICA DE TUMACO (2013年に開館したトゥマコ市の歴史的記憶の家。遺族に寄って持ち寄られた犠牲者の写真が壁面に並ぶ。)2013年撮影